常冬の惑星

堀川士朗

第一話


 「常冬の惑星」(第一話)


         堀川士朗



21世紀も終わりの頃。

突然、太陽がへそを曲げた。


太陽の活動量が半分以下になったために地球の平均気温は真夏の赤道付近でもマイナス25℃以下になり、世界人口の98%が凍死または餓死した。

誰だい?地球温暖化なんて言って騒いでいた馬鹿は。



何年も前から準備していた。

僕は予知能力があったのでこの事は予感していた。

だから自分の所有する山に秘密裏にコテージを作り、そこで生活を開始しこの氷河期を生き残る事にした。

ともかく僕は生きた。

残酷なる大自然のゼロサムゲームに、知恵と創意工夫と財力で勝ち抜いたと言える。



氷河期が始まる前、つまり前社会が存在していた頃、僕は健康食品企業の代表だった。

予知能力があったからさ、会社は時流に乗って年商は4000万ペセタ(400億円)ほどあった。


[ペセタ。へーカップ王国、ネルネ共和国、タリホー連邦の三国協商間で使用されている共同通貨。1ペセタは約1000円。]


高級外車や豪華な食事そして過度な遊びに興味のなかった僕は、自分の資産を総動員して山を保有し、そこに最新鋭のコテージを建てた。

資産は全部使いきった。

こんな世の中になってしまったら、紙幣や電子マネーや生体口座ウェンタラスをいくら持っていたところで無駄だろう?

だから、今の僕は一文無しだ。

だけど、今の僕にはこの完璧過ぎるコテージがある。

全て磐石だ。

僕しあわせ。



飲料水のもとは豊富だ。

無尽蔵にある。

コテージの周りには絶えず雪が吹きすさんでいる。

それをヒーターで溶かして巨大貯水槽に貯めた滅菌済みの水は想像以上に美味しい。



電力は風力発電と地熱発電で全てまかなっている。余剰電力はバッテリーに蓄電してあり、それだけで30年はもつ。

全て磐石だ。

僕しあわせ。



リビングは100平米ほど。大スクリーンで文芸ものから娯楽もの、アニメ、ドキュメンタリー、果てはホラーまで数万本の映画が楽しめる。

多分一生かかっても観きれない。

革張りのソファーに寝そべりながら観賞する。

厚手の電熱毛布を二枚掛けて。

フライドチキンを食べながら。

黒ビールを飲みながら。

これだけ揃えば多分退屈はしないだろう。

運動不足解消のためランニングマシンや健康運動器具も完備。もともとこれはうちの会社の備品を持ち込んだ。



僕は知り合いや会社の人間は一切助けなかった。

誰一人として。

会社の人間にも、そして家族にも、このコテージの事は絶対秘密にしていた。

みんな凍死した。

きっと仲間との共同生活になったら、軋轢が生まれ食糧も早く底をつき、殺し合いにまで発展して、この生き残り自体が無駄になるだろう。

僕は、僕一人だけがこの地球上で生き残れば良いと思っているから。

その考えは別に残酷な事ではなくて、むしろ人間に必要な事だ。

危機回避能力と言ったら良いかな。



風の音。

死の音。

心地良い音。

ああ。

他人がいないって素晴らしい。

他人がいないってこんなにも満ち足りているのか。



そうこう言ってる間に数年が経過し、やがて年が明けて22世紀になった。

人類の文明は途絶えた。

闇の世紀の始まりだ。

喜ばしい事じゃないか。

風の音。

死の音。

心地良い音。

ああ。

文明が死に絶えた星。


常冬の惑星だ。



大丈夫。

全て磐石だ。

僕しあわせ。



           続く


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