夏神

里芋の悲劇

夏神

 夏は短いぐらいがちょうどいい。

 蝉の声が聞こえ始めるといつも思い出してしまう。

 あの夏は長かった。今までないくらい。


 十年前、俺は高校生だった。

「あっついねぇ」

「あっついねぇ」

あの頃の僕は彼女が好きだった、確かに好きだった。その気持ちはまだ覚えている。

 何気ない会話が好きだった。

 何気ない毎日が好きだった。

 でも、でも。


 僕が住んでいたのは小さな村、みんな知り合いで仲が良くていつも楽しく過ごしていた。

 そんな僕はこの村にいた数少ない高校生の一人。この村唯一の高校でたった一つの10人のクラス。中学校は15人くらいいたのに5人は村の外に出て行ってしまった。それを聞いたときには悲しかったけどもう過去の出来事だった。

「お前なら村の外の学校ぐらい余裕だったろ? 何でのこったんだ?」

「え? いや、私はこの村から出られないし。巫女。いや凪としてこの村で成人しなきゃ」

「そうか……来月」

「そんな顔したって、仕方ないじゃん。私はこの村のみんなが今まで通り過ごせればいいから。だから私はあんまり気にしてない」

強い子だった。これから起こることを全部理解しながら理性を保っていられる。そしてこの村で一番の権力を持ってこの村で成人するまで何をしてもいい。この女の子はすべて許される。人を殺しても、子供を犯しても、家を燃やしても、ほかの人のものを盗んでも。それなのに彼女はそんなことしない。それはきっと彼女だから。

「喉乾いたね」

「なんか買ってくる?」

「私も行く。私サイダー飲みたい」

「じゃ買いに行くか」

寝ころんでいた二人は起き上がり扉を出ていく。その手はぎゅっと握られたまま。

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夏神 里芋の悲劇 @satoimonohigeki

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