聖剣農家奮闘記 ~魔王を倒した聖剣ができるまで~

小龍ろん

聖剣農家の仕事

 聖剣を育てるには、適切な素材が必要となる。その素材の一つを入手するために、村の酒場までやってきた。食堂を兼ねているので、昼時にはそれなりに賑わっているんだが、今はちょうど空いている時間帯だ。


「お、いたいた! おーい、リサ。ちょっと頼みがあるんだが」

「あら、ケインじゃない。こんな時間に珍しいわね」


 リサは酒場で給仕として働いている自称看板娘だ。幼馴染みなので、頼み事もしやすい。


「ちょっと、必要なものがあってな。お前の唾液が欲しいんだ」

「はぁぁ!? 唾液って……。あんた、そんな変態趣味があったの?」


 酷い誤解だ!

 いや、さすがに言葉が足りなかった。幼馴染みとはいえ、以心伝心とはいかないか。


「違う違う。聖剣を育てるために美少女・・・の唾液が必要なんだ。こんなこと頼めるのはお前だけなんだよ。頼む!」

「ふ、ふーん。美少女、ね。あんた、私のこと、そんな風に思ってたんだ?」


 リサの反応は悪くない。これで少女・・の唾液は確保できそうだな。本当は美少女である必要はないんだが、そう言えば交渉が円滑に進むと思ったんだ。狙い通りだったな。


 それにしても、チョロい奴だ。悪い奴に騙されないか心配になってくるな。まあ、それは俺が心配することじゃないか。俺は畑仕事だけで精一杯だ。他人のことを心配する余裕はない。


 俺が親父から農地を引き継いだのが一年前だ。親父は高名な聖剣農家だったが、何者かの襲撃によって殺されてしまった。ちょうど聖剣栽培について親父に師事したばかりのころだったので、ノウハウを引き継ぐこともできていない。母はすでに他界しているので、頼れる身内もいなかった。農地を手放すという選択肢もあったが、それでも俺は聖剣農家の道を選んだ。親父のような立派な聖剣農家になる。そして、いつか魔王を倒せるような聖剣を出荷する。それが俺の夢だ。




「さて材料は揃った。次は肥料作りだな」


 リサから唾液を入手したあとは、畑のそばの納屋に戻ってきた。ここには肥料を作るための設備が揃っている。といっても、そんなに大袈裟な物じゃない。かまどと特殊な鍋があるくらいだ。


 今回素材として使うのは『少女の唾液』と『いやし草』、『清めの塩』だ。素材を混ぜて鍋で焦がさないように煮詰めると、肥料は完成する。どういう原理なのか、深く考える必要はない。代々の聖剣農家が同じ方法で結果を出しているのだから、疑問を持つ余地などないのだ。


「よしよし。聖属性が強めに出てるな。これで一応は聖剣が育つはず」


 素材の組み合わせによって、肥料の属性傾向が変わる。そして、それが収穫できる魔剣に大きく影響するのだ。基本的に肥料の属性傾向と合致した魔剣が収穫できると考えればいい。そうしてできた魔剣のうち、聖属性のものを聖剣と呼ぶ。


 ちなみに、騎士物語の類に出てくる岩肌に突き刺さった伝説の剣。あれは、野生の剣の種が偶然にもうまく育ったものだ。過酷な環境を耐え抜いて育った剣の種は品質の高い。それこそ伝説級の剣となることが多いようだ。過酷な環境で育った野菜は、糖度が高くなることがあるそうだが、それと同じ原理かもしれない。ただ、ベテランでもそれを狙って育てるのは難しいみたいだが。


 まあ、地道に経験を積んでいくしかない。剣の種を畑に埋めて、肥料を撒く。そうすれば数日後には魔剣ができあがっているはずだ。


 さて、種を植えるだけじゃなくて、収穫もしなくてはならない。別の畑では、収穫期を迎えた魔剣が茂っている。大根で例えるなら、葉っぱが鍔から柄頭まで、根の部分が剣身に相当するだろうか。土から剣身が少し覗いているくらいで収穫するのがちょうどいい。あんまり大きくなりすぎても使い手を選ぶことになるからな。


 この畑で栽培しているのは、炎の魔剣だ。聖剣農家といっても、聖剣だけを育てているわけじゃない。他の属性の魔剣だって需要はあるからな。むしろ、聖剣は適性がないと性能を発揮できないから、他の属性剣の方が需要は大きい。まあ、それでも聖剣が作れてこその聖剣農家だ。聖剣を育てない聖剣農家は二流三流と見下される傾向にある。


「げっ! これ呪剣化してやがる」


 呪剣というのは文字通り呪われた魔剣。成長過程で生き物の血を吸うと呪剣化すると言われている。近くで野鳥が死んでいたので、たぶんそのせいだ。


 呪剣化すると本来持っていた属性は失われ、全く別の性質を帯びる。その一番の特徴は装備すると強制的に発動する呪怨のオーラだろう。このオーラは使用者の身体能力を飛躍的に高める代わりに、生命力を削っていく。呪剣と言われる所以ゆえんだ。別に呪いのせいで装備が外れなくなるなんてことはないので、うまく使えば有用ではあるんだが……。イメージが悪いせいで、消費者使い手に好まれない。当然、出荷もできないので生産者からも嫌われている。


「出荷できそうなのはこれくらいか」


 収穫した魔剣は、呪剣を除いても全てが出荷できるわけではない。例えば、剣身が先の方で分岐して枝刃があったり、大きな傷が入っていたりするものは除外する。いわゆる規格外品という奴だ。とはいえ、自家消費する分には問題ないので無駄にはならないが。


 出荷可能なものは農協に持って行けば、お金に換えてもらえる。直接契約で取引することも可能だが、ある程度有名にならないと相手にもしてもらえないだろう。


 魔剣の出荷で得た金の大半は、次の魔剣を育てるために使う。肥料用の素材は自分で採取することもできるが、入手しづらい素材もあるので、そういったものは農協で買う。魔剣の栽培も結構お金が掛かるんだ。


 まあ、農協で買える素材は本当に基本的なもの。魔剣の品質を上げようと思ったら、自分でレア素材を入手するしかない。採取を請け負ってくれる冒険者もいるが、依頼料や品質の問題もあり、なかなか難しい。


 素材入手、肥料作り、魔剣栽培、そして、出荷。これを繰り返して、品質の高い魔剣・聖剣を作るのが聖剣農家の仕事というわけだ。

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