第41話:復讐
ハミルトン王国暦2年5月26日・北竜海の離島・エマ視点
権力を持つという事が、これほど辛い事だと初めて知りました。
ある程度は体験していましたし、実感もしていましたが、女王となる事で、公爵家の跡継ぎや王妃候補程度の辛さではないのだと思い知りました。
この国1番の権力を持ったことで、重圧や苦しみだけでなく、愉しみや喜びもあるのだと勘違いしていたのです。
自由で幸せな恋ができると思ってしまったのです。
ですが、やはり、王侯貴族に自由で幸せな恋などありませんでした。
女王であろうと最初から不可能だったのです。
ジークフリートは恋人としては申し分のない相手です。
ですが、女王の配偶者としては不足なのです。
元商人で成り上がりという出自はどうしようもありません。
わたくしが恋に狂うことができるほど愚かならば、もう1人の命の恩人であるお爺様と伯父上を殺してでも、ジークフリートを選んでいたでしょう。
ですがわたくしは、恋に狂えるほど情熱的でも愚かでもないのです。
そしてジークフリートがわたくしの恋心を利用して密かに謀略を張り巡らせていた事で、恋心が吹き飛んでしまいました。
わたくしが愚かなら、騙されそうになった事、利用されそうになった事に怒り狂って、ジークフリートを殺す事ができました。
ですがわたくしは、愚か者にはなれません。
ジークフリートは貴族として当然の事をしたのです。
主君の命を救った手柄にふさわしい報酬を得ようと、能力の限りを尽くしたに過ぎないのです。
わたくしがジークフリートの立場だったとしても、同じ事をしています。
亡き父上もレオンお爺様も同じような事をしたでしょう。
だから、罰を与えることはできません。
恋心は冷めてしまいましたが、結婚式は上げるつもりです。
ベッドを共にする気はありませんが、王配の立場は与えます。
命の恩人であり、多くの手柄も立てていますから。
(エマ、失恋の痛手から立ち直れない気持ちは分かるけれど、もう集中して。
ここは敵地で、相手は恨み重なるチャーリーとイザベラだよ。
どうやって逃げだしたか分からないけれど、王を見捨てた宰相と教皇達もいるという噂があるんだよ)
(……そうね、そうだったわね。
そのために竜が住むという危険な海を渡ったのだものね。
何としてでも恨みは晴らさないといけないわよね)
(エマが自分の手で恨みを晴らさなくてもいいと言うのなら、私が全員捕まえて来るから、誰かに処刑させてもいいのよ?」
「いいえ、チャーリーとイザベラはもちろん、取り巻きの連中もわたくしの手で殺さなければ、亡くなられた父上や母上に申し訳が立ちません。
何が何でもこの手で殺しますわ)
(分かったわ。
だったらジークフリートの事はもう考えないで。
復讐の事だけに集中して。
私はミサキの身体に戻るけれど、大丈夫よね?)
(ありがとう、ミサキ。
もうわたくしは大丈夫ですから、ミサキの身体に戻ってください)
わたくしがそう言うと、心配してわたくしの身体に戻って来ていたミサキが、また呪文を唱えてミサキの身体に行きました。
もうこれ以上ミサキに心配をかけるのは、わたくしの誇りが許しません。
チャーリー達は、何としても自分の手で殺さなければいけないのです。
「わたくしが先陣をきります。
騎士団は側面と背後に気を付けてください」
側近達は何か言いたそうにしていますが、最側近であるミサキが何も言わないので、じっと我慢しています。
全ての戦場で人間離れした活躍をしているのがミサキです。
わたくしもミサキに次いで活躍しています。
武芸大会でしか活躍していませんが、アリア、ルーナ、クロエ、レイラといった影武者衆も人間離れした力を見せつけています。
アリアとルーナはこの島について来ていますが、臨時の野戦陣地にいます。
クロエは併合したダウンシャー王国の元王城にいます。
レイラにいたっては、王城に残って政務を執っています。
側近の者達が何も言えないのは、それが原因でもあります。
つまり、わたくしと影武者達以外は、本当の女王が誰なのか分からないのです。
最前線に立っているわたくしが、本当の女王かどうか確証がないのです。
影武者を残して政務をさせると言っておきながら、政務を執っているのが本当の女王かもしれないのです。
ダウンシャー王国の元王城で後方支援の指揮を執っているクロエが、実は本当の女王なのかもしれないのです。
そういう風に家臣達に思わせる事で、万が一わたくしが死ぬような事があっても、憑依して王国を立て直せるようにしているのです。
とても恐ろしい竜が住んでいると言われる北竜海を渡るのです。
最悪の可能性を考えて準備しておかなければいけないのです。
あの勇猛果敢なブラウン侯爵家の騎士や傭兵が、竜山脈の魔獣や竜に遭遇してしまい、瞬きする間もなく焼き殺されたと報告がありました。
ブラウン侯爵家に追い込まれた東北部の3小国は、竜山脈に入り込んで山脈の街道を封鎖するという命懸けの作戦を断行したそうです。
街道を落石などで封鎖されるのを嫌ったブラウン侯爵軍も、危険をかえりみずに竜山脈に入り込んだそうです。
その結果が、自分の縄張りに人間が入り込んだ事に激怒した竜や魔獣に襲われ、ブラウン侯爵軍も3小国軍も全滅する結果になりました。
血に狂った竜や魔獣が暴れる竜山脈を抜ける街道は、落石で高度が変わってしまったため、安全かどうか分からなくなってしまったそうです。
これ以上損害を出せなくなったブラウン侯爵家は、竜山脈を迂回してわたくしが併合したウェストミース王国方面から攻め込まなければいけなくなりました。
ですが、わたくしが留守の間に、不平分子がいると分かっているブラウン侯爵軍を、ハミルトン王国領に入れる訳にはいきません。
併合したばかりでまだ民の心を十分手に入れていない、旧ウェストミース王国領に入れる訳にはいきません。
ブラウン侯爵家は領地を広げられる可能性を失ってしまいました。
自分達の領地よりは南にあるタルボット公爵領を併合したとはいえ、タルボット公爵領も大陸に位置から言えば寒さの厳しい地方です。
まして長年の圧政で荒廃してしまっています。
数年は税収よりも再建のために投入する資金の方が多いでしょう。
3小国が蓄えた財貨を奪えなかった事はとても痛いはずです。
地味に痛いのは、3小国側から竜山脈を開拓できない事です。
竜山脈には豊富な鉱山資源があります。
寒さの厳しいブラウン侯爵家の財政を支えていた柱の1つは、竜山脈の鉱山資源でしたから、倍の採掘量を見込んでいたのが現状維持だと大変なのです。
お爺様や伯父上はそんな危うい予算は組んでいないでしょうが、武に突出した愚かな分家や家臣達が、同じように賢明な予算を組んでいるとは思えません。
わたくしに譲ったダウンシャー王国や3小国を併合して、自分達も領地の加増や報奨金があると思って、領地から多くの民を徴兵している可能性があります。
ここで富が領地を手に入れられないと、破産してしまう家が多いでしょう。
もしわたくしの想像していた通りだったとしたら、分家や家臣達が暴走して、ウェストミース王国方面を無理矢理通過しようとするかもしれないのです。
お爺様の軍令が行き届いているはずですから、そのような暴挙に出る事はないと思うのですが、最悪の可能性を考えて事前に準備しておくのが女王の役目です。
「陛下、ザコは物思いにふけりながらでも大丈夫ですが、そろそろ本丸です。
ウェストミース王国の時のように、魔術による隠し玉が出てくる可能性がありますから、気を引き締めてください」
「そうでしたね、相手は今まで聞いた事もない毒を使ってきたイザベラでしたね。
生きて戻れてからの事ではなく、生きて戻る事を考えなければいけないのでした」
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