第37話:武功
アバコーン王国暦287年9月28日・アバコーン王国オレンモア城・美咲視点
「ミサキ、あの城壁を破壊して王都に入れるようにしてください」
「はい、女王陛下」
エマの機嫌がとてもいいです。
自由に恋愛できるようになって、初めて恋心を抱いたガーバー子爵ジークフリートが、想像していた以上に有能だったからです。
ジークフリートは、命の恩人だから侯爵に陞爵するというエマの言葉を、無礼にならないように丁寧に断りました。
単に断っただけでなく、侯爵にふさわしい武功を立てる機会を与えていただきたいと頭を下げたのです。
その謙虚な言葉と態度で、金で爵位を買った商人上がりの貴族という悪評をふっしょくしたのです。
陛下の命を救った恩人を陞爵する事は当たり前の事なのですが、自分の無能と臆病と卑怯だった過去を棚に上げ、文句を言う者はとても多いのです。
ですがそんな貴族士族も、侯爵にするという女王陛下の言葉に遠慮して、伯爵に止めてもらったジークフリートを悪くは言えません。
中にはそれでも悪評を広めようとした愚か者もいましたが、女王陛下の怒りを買って不正を暴かれ、一族もろとも処刑されました。
女王陛下に本気で調べられたら、不正を隠せる貴族士族はいません。
それでなくても、大抵の貴族士族はチャーリーに虐められる女王陛下を助けなかったのです。
アバコーン王国に仕えていた貴族士族は、女王陛下のおめこぼしで生き永らえているだけだという事を、ようやく思い出したようです。
少しでも機嫌をそこなえば、容赦なく滅ぼされるのだと思い知ったのです。
私から見れば、どうしてそう都合よく忘れて仕えられるのかと思います。
私だったら全てを投げだして逃げています。
それくらいエマの性格は自分にも他人にも厳しいのです。
「ガーバー伯爵家騎士団徒士団、突入!」
ガーバー伯爵家の騎士団と徒士団は、易々とアバコーン王国の王都に突入していきましたが、それも当然です。
25万人もの住民を虐殺した後では、王都を護る兵士を確保する事は不可能です。
以前から兵士として働いていた者はいますが、死傷した兵士を補充する事ができません。
それに、エマが残した騎士団や傭兵団が、25万人もの遺体を投石器で王都内に投げ込んでいました。
25万人もの腐敗した遺体が、城壁で閉じ込められた空間にあるのです。
疫病が広がるのは当然のことです。
アバコーン王国の王都は、城壁都市としては広大ですが、閉鎖された空間で疫病が広がればひとたまりもありません。
ですが、疫病が広がったとしても、座して死を迎える者などいません。
少しでも疫病を避けようと、高台に避難します。
王都で高台と言えば、王城のある小山とそれに続く貴族地区です。
王都でも1番外側にある城壁近くが無人なのは当然なのです。
まあ、疫病が広がっていなかったとしても、25万もの民を殺し尽くせば、残るのは貴族士族だけですから。
「ガーバー伯爵、ここは私が城門を破壊しよう」
「助かります、ミサキ閣下」
1番外の城壁は壁を破壊しましたが、2番目と3番目は城門を破壊します。
城壁を破壊してしまうと、その修理はとても大変です。
城門なら門扉を作れば直ぐに元に戻せます。
王都の平民地区では何の抵抗も受けません。
そもそも王都を護るはずの三重の城壁には誰もいませんでした。
本来なら全ての城門と城壁には警備の騎士と兵士がいるはずなのです。
疫病を避けて王城に避難したのか、あるいは疫病で死に絶えたのか……
さすがに貴族や士族の住む地区を護る総構えの城壁には守備兵がいました。
ですが数は少ないですし、遠目にも弱って見えます。
「ここも城門を破壊しましょうか?
それとも城壁を登って戦いますか?」
「恐れながら城門を破壊して頂けますか?
ムダに将兵を死傷させたくないのです。
私が捕らえて女王陛下の前に引き据えなければいけないのは、王と王妃ですから」
「それならば城門を破壊させていただきましょう」
後に続く馬車の運ばせていた大岩を投げつけて城門を破壊しました。
ガーバー伯爵は騎士団と徒士団を率いて王城に向かいます。
貴族士族地区に残っている者など、どうでもいいようです。
目先の金や小功など、ガーバー伯爵には何の意味もないのです。
彼が目指すのはエマの婿にふさわしいと思われる武功です。
それも、ブラウン侯爵家が認めるほどの武功です。
ガーバー伯爵とは何度も手合わせしました。
エマの婿にふさわしい相手かこの手で確かめたかったのです。
彼の槍術と剣術は、商人とは思えないほど鮮やかなモノでした。
ブラウン侯爵家の騎士長どころか、騎士隊長に匹敵する強さです。
ブラウン侯爵が認めて爵位の購入を手助けした理由が分かりました。
よく文武両道と言いますが、商武両道と言えるでしょう。
私に言わせれば、金儲けの力がない者に大将は務まりません。
軍資金を手に入れない者に、大軍を指揮する資格などないのです。
「ミサキ殿、申し訳ありませんが、本丸まで城門を破壊して頂けませんか?」
「本当にそれでいいのですか?
それでは後で武功にケチをつけられるのではありませんか?」
「最初にミサキ殿に城門を破壊して頂いた時から、ケチをつけられる事は分かっていますから、それなら城門の破壊は全てお任せする事にします。
王と王妃を捕虜にすれば、ある程度の武功は手に入ります。
運がよければ、名の知れた将軍や騎士団長、大将軍と一騎打ちの機会があるかもしれません。
その時に敵の首を上げれば、十分な武功が手に入ります。
それまでは将兵を無傷に保ちたいのです」
「余計な事をしてしまったようですね」
「いえ、城壁の破壊は陛下の温情で命令です。
陛下の温情を遠慮するわけにはまいりません。
すでに1度温情を遠慮してしまっていますから」
「そうですね、遠慮してしまっていますものね」
「それに、まだまだ武功を上げる機会は残っています。
オレリー王国併合戦の先陣を願う機会もあるますし、東北部の3小国を討伐する機会も残っています。
何より北竜海の離島にいるチャーリー王太子と取り巻きを捕らえる機会が残っていますから」
確かに、ここで王と王妃を捕らえ、他の誰でもないチャーリーとイザベラを捕らえてエマの前の差し出すことができれば、その武功は際立ちますね。
ですが、その機会を狙っている者はとても多いのです。
ガーバー伯爵を引きずり降ろして、自分が婿になろうという野心を抱いて者の数は、星の数ほどいるのです。
そんな連中を抑えて討伐を任せてもらうには、それなりの武功が必要です。
エマも女王としてえこひいきするわけにはいきません。
今回の先陣も、侯爵を遠慮した事への代償です。
「待て、小僧!
俺様が護るここを、黙って通れるとでも思っているのか?!」
「おお、大将軍タルボット公爵閣下ではありませんか?
これはよき敵に出会えました。
私はガーバー伯爵と申します。
一騎打ちを申し込みます」
「ガーバー伯爵だと?
聞いた事もないな、爵位を詐称しているのか?
それとも蛮族の貴族か何かか?!」
タルボット公爵の側近が耳打ちしています。
ガーバー伯爵の事を説明しているのでしょう。
「はぁあ?
金で爵位を買った成り上がり者の子爵だと?
今度は魔女に取り入って伯爵にしてもらったのか?
お前のような腰抜けの成り上がりに用はない!
下郎、尻尾を巻いて逃げるのなら見逃してやる」
「ふん、親の七光りで公爵位を継いだボンボンが何を偉そうに。
私が怖くて逃げたいのなら正直に言えばいい。
そうすれば命だけは助けて差し上げますよ」
「おのれ成り上がりの下郎が!
ブチ殺して犬のエサにしてくれるわ!」
公爵で大将軍ともあろう者が、こんな安っぽい挑発に乗せられるなんて。
これでガーバー伯爵は最低限の武功を手に入れられますね。
後は王と王妃を捕らえる事ですが、抜け駆けして手柄を手に入れようとする、信じられないくらい頭の悪い貴族士族はとても多いのです。
まあ、エマや私抜きでは、そう簡単に王城の城壁や城門を突破できませんから、少々時間がかかっても大丈夫でしょう。
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