第36話:恋の予感
アバコーン王国暦287年8月25日・ハミルトン王国テンペス城・エマ視点
「女王陛下、謁見をお許しいただき、お礼の申し上げようもございません」
「ガーバー子爵はわたくしの命の恩人です。
どれほど忙しくても、貴男の謁見願は最優先にします」
「そのように評価していただけるのは身に余る栄誉でございます。
しかしながら、過去の手柄を誇り続ける気はありません。
更なる手柄を立てる所存でございますので、どうか何なりとお申し付けください」
「何を申しているのですか、ガーバー子爵。
今も我が国のために食糧を集めてくれているではありませんか。
貴男の集めてくれた食糧のお陰で、国民が飢える事なく暮らせています。
その手柄も忘れてはいませんよ」
「度重なるお褒めの言葉を賜り、感激に打ち震えております。
これからも陛下のお力になるべく、全身全霊でお仕えさせていただきます」
ガーバー子爵は気負う事なく自然体で接してくれます。
これほど胆力のある者は極少数です。
わたくしやミサキが武勇を披露してしまった事で、家臣達は恐れおののいてしまっているのです。
わたくしとミサキ、アリアとルーナ、新たにクロエという複製体が加わった事で、誰がわたくしで誰がミサキなのか近衛騎士や侍女でも分からなくなっています。
5人が近衛騎士の装備をしたり侍女の衣装を着たりして、テンペス城内を自由に歩き回っているのを知って、恐怖しているのです。
王家に仕える家臣らしくない態度でいたり、うかつな事を口にしたりしたら、わたくしの耳に届いてしまうかもしれないと、心から畏れているのです。
ミサキの言っていた通り、わたくしの潔癖さと厳しさが、家臣達に重くのしかかっているようです。
ですが、わたくしは今の考えや態度を変える気がありません。
どれほど厳しいと言われても、無能や怠惰は許せないのです。
少なくともわたくしの目に入る場所には、有能で勤勉な者を望みます。
なので、有能で勤勉なうえに、悠々とした態度がとれる事まで望むのは、欲が深すぎると思っていたのですが、違ったようです。
わたくしに恩を売っているからかもしれませんが、ガーバー子爵の言動は心地よく感じられるほど優雅です。
「そうですか、それはとてもうれしいですわ。
今日は政務も終わっていますし、久しぶりに昔話がしたい気持ちになりました。
ガーバー子爵に予定がなければ、晩餐に付き合ってもらえないかしら?」
「喜んでご相伴させていただきます」
わたくしが急にガーバー子爵と共に食事をすると言いだしたので、家臣達が慌てふためいています。
ですが元々わたくしは莫大な量の食事をしていますから、ガーバー子爵の分を突くのが大変という、量の問題はありません。
家臣達が慌てているのは、会食をする部屋の準備です。
「仰々し場所を用意する必要はありませんよ
ガーバー子爵は、わたくしがチャーリーに殺されかけた時にかくまってくれた命の恩人で、隠し部屋で共に食事をした仲です。
ごく内輪の部屋に準備してくれればいいのです。
さすがに寝室と言う訳にはいきませんが、政務室の隣にある食堂に準備してくれればいいのですよ」
わたくしの言葉に近臣達が驚き慌てています。
あの食堂で食事をするのは、基本影武者5人衆だけです。
ハミルトン公爵令嬢であった時には、両親や両親の信用する方と一緒に食事をした事はありますが、女王に戴冠してからは5人しかいません。
「女王陛下、私達はどうしましょうか?」
ミサキが興味津々という態度を隠そうともせずに話しかけてきます。
わたくしが男性に興味を持ったことが気になるのでしょう。
他人のときめきを興味本位で見ないでいただきたいですわ。
「いつも通り一緒に食事していただきますわ。
影武者で護衛騎士のミサキを遠ざけたりはしませんよ」
「ありがたき幸せでございます。
しかしながら、一緒に食事をすると、護衛騎士の役目が果たせません」
「でしたら、護衛騎士の役目は他の人に任せてくれて構いません。
ミサキに食事を我慢させて、恨まれるのだけは嫌ですから」
「ありがたき幸せでございます」
腹立たしい事ですが、ミサキのお陰で近臣達の雰囲気が和らぎました。
わたくしに一番近いミサキがいつも通りの態度どころか、わたくしのときめきを露骨に干渉する事で、異性への興味が当たり前の事だと無言で知らせてくれました。
ガーバー子爵はわたくしたちのこんな言動に全く動じることなく、悠々とした態度でついて来てくれます。
恩人に対する謁見の部屋は、公式な表の場所にあるので、わたくしの執務室に行くのには結構距離があります。
忙しい時には執務室の隣にある仮眠室で眠る事さえあるので、執務室は王城の奥にある私的空間との境目にあるのです。
「直ぐに用意させるからしばらく昔話でもさせて頂きましょう」
「はい、女王陛下」
「わたくしをアームストン城から逃がしてくれた後はどうしていたの?」
「陛下がわざわざ私のような者のために、チャーリー王太子が山賊を雇って村を襲わせようとしていると知らせてくださいましたので、その対策をしておりました」
「どのような対策を取ったのですか?」
「騎士団や商会の傭兵を動員して村々を巡回させると同時に、索敵能力のある者に山賊が潜んでいるような場所を調べさせました」
「迅速に動かれたのですね、さすがガーバー子爵です。
それで山賊達は捕まえられたのですか?」
「捕まえようとすると、多くの兵数が必要になります。
殺さないようにした事で逃げられ、領民を殺されては何にもなりません。
生きて捕らえてどれほど証拠を集めても、チャーリー王太子は罰せられません。
それならば最初から皆殺しした方が簡単です。
山賊は見つけ次第あらゆる方法を使って殺しました」
「さすがガーバー子爵ですね。
その決断力は家臣達に見習わせたいです」
「度重なるお褒めの言葉、恐悦至極でございます」
「山賊は力技で全滅できても、チャーリーの調査は力技で逃れられないですわよね。
どうやって切り抜けたの?」
「私は手広く商売をしておりますので、膨大な量の書類がございます。
女王陛下さえ無事にお逃がしできれば、その書類を提出するだけでございます。
あの量の書類を正確に読んで指摘できる文官など、チャーリー王太子の配下にはおりませんので」
「書類が正確で正しく手の何の意味も無いのではありません?
無理矢理難癖をつけるのがチャーリーの遣り口ですわよ?」
「わたくしの商売には色々な方が投資してくださっていました。
その中には宰相や大将軍はもちろん、王妃様もおられました。
難癖をつけると、その方々まで不正に加わった事になります。
弱者にしか強く出られないチャーリー王太子では、何もできません」
「さすがガーバー子爵ですわね。
そのような予防策を講じていたのですね」
「私は元々商売人ですから、損をしないようにあらゆる手段を取っております」
「わたくしを助けてくれたのも、その手段の1つなの?」
「商売には信義という物がございます。
目先の利に囚われるだけでは、大きな商売はできません。
時には将来のための投資も必要でございます。
女王陛下のお爺様であられるブラウン侯爵閣下には色々と便宜を図っていただきましたし、お父上のハミルトン公爵閣下も協力していただきました。
その恩を返さなければ信義を失ってしまいます。
それに、女王陛下がハミルトン公爵家の商会を受け継がれたら、商売で便宜を図って頂くのは私の方になります」
「それでもわたくしを助けてくれた事には変わりないですわ。
そもそも何の見返りもなく協力してくれる貴族士族などいないわ。
私の命を救ってくださったお礼に、公爵の位を差し上げたいと思うのだけれど、お受けくださるかしら、ガーバー子爵」
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