第32話:戴冠
アバコーン王国暦287年8月9日・ハミルトン王国王都・エマ視点
「お爺様、忙しい所を遠路はるばるよくおいでくださいました」
「なあに、愛する孫娘の晴れ姿だ、万難を排してやってくるのは当然だ」
互いの使者を何度も往復させて、お爺様や伯父様を含めたブラウン侯爵家の方々と今後の事を話し合いました。
ブラウン侯爵家は武勇を何より重んじる家です。
わたくしが最前線で活躍した事を重んじてくださいました。
友好の証という名目で援軍を差し向けてくださいましたが、実際にはわたくしが武勇を水増ししていないか確かめる見張りのような者ですした。
お爺様や伯父様は手放しで信じてくださりますが、ブラウン侯爵家の中にはあまりの噂に信じきれない方が数多くおられたのです。
表に出ない見張りから報告は受けておられるのですが、わたくしの武勇は人間離れしているので、信じられないのもしかたありません。
わたくしが同じ立場でも、偵察部隊の報告だけでは信じられないでしょう。
身体強化で鍛えた筋力や素早さですから当然の事です。
その筋力と素早さに身体強化を加えて戦ったら、とても人間技だとは思えない戦いができる事でしょう。
「そう言っていただけると嬉しいです、お爺様」
「うむ、まあ、お互い様だ。
我が家も王を名乗る時はエマに来てもらう事になるからな」
「本当に直ぐに王を名乗られないのですか?」
「エマはカニンガム王国を完全併合し、もう直ぐ ウェストミース王国を併合するだろうから、堂々と女王を名乗れる。
だが我が家は、情けない話だが、東北部にある小国すら併合できておらん。
そのような体たらくでは、とても王を名乗れん」
「しかしお爺様、それは東北部の3王国が竜山脈に守られているうえに、西北部にあるダウンシャー王国や、南のタルボット公爵家が連合しているからです。
決してお爺様の武勇が劣っているからではありません」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、結果が全てだ。
周辺の中小国どころか、アバコーン王国の公爵家ごときを滅ぼせないようでは、とても王は名乗れん」
「お爺様の誇りが王を名乗らせないのならしかたありませんわ。
ですが、建国年があまり離れるのはよくないのではありませんか?」
「そうだの、エマとの結婚が遅くなるのはよくないの。
それでな、以前相談のあった複数の夫を持つという話だが、本気か?」
「お爺様がわたくしの結婚相手をブラウン侯爵家の嫡流のこだわられるのであれば、わたくしはかなり年を取ってからの結婚になってしまいます。
それではハミルトン公爵家の血筋が絶えてしまいます。
それでは祖先に申し訳なさ過ぎます」
「そうじゃのう、確かに我が家の都合だけでハミルトン公爵家の血筋を絶えさせるのは申し訳ないのう。
とは言え、傍流の者達では、とてもエマの武勇には釣り合わん。
エマの武勇に釣り合う相手だと、ブラウン侯爵家の血を受け継がない家臣になってしまうし、悩むな」
「わたくしとしては、最初の夫は誰でも構わないのです。
ハミルトン公爵家の家名を継いでくれる者さえ産めればいいのです。
こう言ってしまっては、お爺様が気を悪くされるかもしれませんが、従弟の誰かと結婚するのは、国を乱さないための政略結婚です。
王侯貴族に令嬢に好きな相手と結婚する機会などありませんから」
「……そうよな、好きな相手を愛人にする淑女も極まれにいるが、大抵の愛人は社交界の情報を得る為に仕方なく関係を持っているだけだからな。
男も女も、愛人すら家のために選ぶことが多い。
好きな相手と情を交わせる者など極少数じゃ。
分かった、最初の夫は好きな男を選ぶがよい。
今のエマなら、好きな男に適当な爵位を与える事くらい許される」
「本当にそれでよろしいのですか?
伯父上や一族の方々が文句を言いませんか?」
「儂が誰にも文句は言わせん!
文句を言うような奴は、エマと一騎打ちさせる。
ブラウン侯爵家は武勇が全てじゃ。
一騎打ちから逃げるような奴は、一族から追放してくれるわ」
「ありがとうございます、お爺様」
お爺様の許可を取り、条文にしてしまえばこちらのモノです。
わたくしは好きな相手と結婚して子供を作る事ができます。
やる気なら、複製体を創って子供にする事も可能です。
……これを続けたら、ある意味不老不死なのではないでしょうか?
従弟の誰かと結婚しても、従弟との間に子供を作らずに、複製体を育てればわたくしが永遠に王国に君臨できるかもしれません。
問題があるとしたら、わたくしがこの身体を使っている間は、複製体が眠り続けてしまうという事でしょうか。
何かいい言い訳があるといいいのですが、早々こちらの都合のいいように運ぶわけがありませんわね。
ミサキが敵対する事なく、ずっとこの世界に居続けてくれるのなら、わたくしの後継者となる複製体を使い続けてくれるかもしれません。
「難しい話しはこれくらいにして、ちょっと練習しないか?」
「お爺様がお疲れでなければお相手させていただきます」
「あの、女王陛下、これからお披露目があるのですが……」
「では集まってくださった方々に、お爺様とわたくしの武勇をお見せする絶好に機会ですわね」
大陸中に武勇を轟かせるお爺様との鍛錬は望むところです。
わたくしの武勇の噂が本当である事を、女王戴冠式に列席した者全員に見せつけることができます。
問題があるとしたら、御爺様に恥をかかせるわけにはいかないという事です。
お爺様の武名が本物である事を見せつけた上で、わたくしがお爺様よりも強いと思わせなければいけません。
令嬢としての名誉を捨てる事になりますが、最初にとても分かりやすい怪力を見せつけるのが1番ですわね。
「力比べの大岩を運んできなさい。
それと、私に力比べで勝てたら大金貨1000枚差し上げると言って、列席の方々から参加者を募りなさい。
いえ、列席の方々の護衛を務める騎士でも構いません。
力自慢に方々全てに参加していただきましょう」
「「「「「はっ!」」」」」
ミサキが困った子を見るようね表情をしていますわね。
自分だけ逃げられると思っているのなら、大間違いですわよ。
ミサキにはこれからも働いてもらわなければいけないのです。
わたくしの影武者として何度も実戦に参加していますから、ハミルトン公爵家ではその武勇も軍師としての能力もある程度認められています。
ですが、大陸中にミサキの名が轟いている訳ではありません。
この機会に、わたくしの右腕として名を売っていただきましょう。
「ミサキ、あなたも参加するのですよ」
「……はっ、仰せのままに」
ミサキはこういう大規模な儀式が苦手なようですわね。
普段なら平気で憎まれるような事を口にしますのに、何の文句も言わずに命令通り従ってくれます。
もしかして、女王となったわたくしの評判を気にしてくれているのでしょうか?
あるいは、わざと負ける気なのでしょうか?
「ミサキ、遠慮して負ける事は許しませんよ。
貴女の実力を大陸中に知らせる事こそ、無用な戦いをなくし、多くの人々を戦いから救う事になるのですよ」
「……分かりました。
女王陛下がそこまで言われるのなら、本気で戦わせていただきます」
ちょっと挑発し過ぎてしまったでしょうか?
この身体なら負けないと思うのですが、ミサキの身体もかなり鍛えています。
まして、身体強化を使ったら、わたくしも身体強化を使わないと勝てません。
これは、おじい様に恥をかかせてしまうかもしれません。
ここは女王の特権を使って、対戦順を細工しなければいけませんね。
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