第31話:カニンガム王国併合

アバコーン王国暦287年7月17日・カニンガム王国王城野戦陣地・エマ視点


「城門は私が破壊する。

 お前達は城門が吹き飛んだらすぐに城内に突入しなさい」


「「「「はっ」」」」」


「落とし穴のような単純な罠に引っかかってはいけませんよ」


「もう2度とあのような失敗は繰り返しません」


 第2騎士団長との軽いやり取りの後で城門を吹き飛ばしてさしあげました。

 人間の2倍ほどの大岩を投げつければ、簡単に吹き飛んでしまいます。

 後は騎士団が突入して制圧すれば終わりです。


 直卒の傭兵団は、通常の商いを始めた商会の護衛任務に戻っています。

 雑多な傭兵団は、くじ引き通りの順番で城攻めに参加します。

 もう今では我が軍に野戦を挑むような敵はいません。


 大抵の敵は我が軍を見たとたんに降伏臣従を申し込んできます。

 籠城するのは我が軍を極端に恐れる田舎領主の小城だけです。

 情報がなくて、降伏臣従が許されないと思い込んでいるようです。


 カニンガム王国併合戦を邪魔しそうなウェストミース王国軍は、第4騎士団が貴族士族連合軍を率いて圧迫してくれています。


 十分な戦力を残しているオレリー王国は、不可侵条約を結ぶ交渉の使者を送っているので、よほどのことがない限り攻め込んでこないでしょう。


 ミサキに言われるまでもなく、若い独身の女当主だと、相手が勝手に婿入りして家を乗っ取る事を考えてくれるので、交渉がとても簡単です。


 時間稼ぎができて、カニンガム王国とウェストミース王国軍を併合した後なら、いつでもオレリー王国との交渉を打ち切ることができます。

 その気になれば攻め滅ぼす事も簡単です。


 オレリー王国首脳陣も、わたくしがこれほど短時間にカニンガム王国を併合する気だとは想像もしていないでしょう。


 ですが、わたくしとミサキは最初から往復1カ月の間にカニンガム王国を平定する気でいました。


 領都に戻って複製体を創りだすのが最優先で、中小国の併合の方が片手間でしかないのです。


 ミサキが複数の夫を持てばいいと言った時に、同時に夫によって使う身体を変えればいいと言われました。


 その大雑把な性格に、その時は返事をするのも嫌になりました。

 ですがよく考えれば、悪い策ではありませんでした。

 少なくともわたくしの心は、ずいぶんと軽くなりました。


 王妃教育で叩きこまれた貞操観念と、ハミルトン公爵家の跡継ぎとして叩き込まれた教育の矛盾に折り合いをつけてくれました。


 女王の私が複数の夫を持ち、王配である従弟も王子や王孫の立場で複数の妻をもてば、ハミルトン公爵家とブラウン侯爵家が統合されるだけではありません。

 統合された新王家を護る分家が数多くできるのです。


 ミサキが提案してくれたように、新王家が皇帝や帝王を名乗れば、分家に王家を名乗らせる事もできます。


 将来一族間での争いを防ぐ方法としては一長一短ですが、そういう方法もあるとお爺様や伯父さまに話す事で、わたくしの代での争いを防ぐことも可能です。


「ずいぶんと自信がついたみたいだね!」


「自信?

 ミサキは何を言っているのですか?」


「エマの言葉づかいが、無理をした男言葉じゃなくて、元の令嬢言葉に戻っているから、自信がついたんだと思ったんだよ」


「確かにその通りですわね。

 圧倒的な戦功を重ねる事で、言葉遣いなど気にしなくても大丈夫なくらい、家臣領民の尊敬と畏怖を手に入れられましたわ」


「まあ、あれだけ人間離れした姿を見せられたら、逆らう気にもなれないわよね」


「最初にやれと言ったのはミサキですわよ!

 わたくしはミサキの提案を受け入れただけですわ」


「そうよね、私の提案を受け入れって実行すると決めたのはエマよね。

 全責任はエマにあるよね」


「ああ言えばこう言う!

 ミサキは本当に性格が悪いですわね」


「女公爵閣下、よろしいでしょうか?」


 わたくしとミサキが軍議をしている間は、例え近衛騎士や戦闘侍女であっても口出ししてはいけない事になっています


「いいですわよ、突入した騎士達は制圧ができたのですか?」


「はい、敵の多くは我が軍を見たとたんに降伏臣従を申し込んでまいりました。

 少数の敵が本館に逃げ込みいまだに抵抗を続けております」


 降伏してきた騎士や徒士は、わたくしが降伏した者をむやみに殺さない事を知っているのでしょう。


 本館に逃げ込んで抵抗を続ける者は、わたくしがカニンガム王家を滅ぼす気なのを知っていて、最後まで忠誠を尽くそうとしているのでしょう。


「本館に残った者達は、忠誠無比の死兵です。

 無理に攻めればこちらにも大きな損害が出ます。

 本館の周りに木を積み上げ油をかけて焼き殺しなさい。

 必ず抜け道があるはずです。

 王都内はもちろん王都の外も厳重に警戒して、1人も逃がさないように」


「はっ、アリの這い出るすき間もないようにいたします」


「女公爵閣下、恐れながらお願いがございます」


「なんですか?」


「我ら傭兵に本館攻撃の機会を与えていただけないでしょうか?

 与えていただけるのなら、必ず抜け道を発見してみせます」


「どうせ焼かれる宝物なら、自分達に奪わせてくれという事ですね?」


「はい、その通りでございます。

 女公爵閣下からは十分な報酬を頂いていますが、我ら傭兵は命懸けで金を稼ぐのを生業としております。

 とてつもないお宝が焼かれてしまうのを前にして、黙って見ているようでは、傭兵は務まりません」


「貴方たち傭兵の気持ちは分かりますが、わたくしが滅びゆくカニンガム王家の婦女子を哀れに思っている事は理解していますか?」


「……はい、十分理解させて頂いています」


「それは、貴男だけではいけないのですよ。

 末端の新参者であろうと、わたくしの気持ちを踏みにじるようであれば、全傭兵に責任を取らせますよ?

 わたくしとしても、見せしめのために、これまで共に戦ってきた傭兵達を皆殺しにするのは心が痛むのです。

 それが分かっていて、本館に攻め込みたいというのですね?」


「……はい、十分覚悟ができております。

 本館に攻め込む前に、全傭兵に厳しく言って聞かせます。

 もし万が一、それでも悪さをするようなら、言葉で止める前に斬って捨てます!」


「そうですか、それは安心ですね、とは言いませんよ。

 わたくし、男の方の性根の汚さは嫌というほど見てきましたの。

 カニンガム王家の婦女子に地獄を見せた後で、貴男方を罰すれば済むとは思っていませんの。

 それではわたくしの名誉が傷ついてしまいますもの」


「では、認めていただけないのですか?」


「いえ、認めて差し上げますわ。

 ですが、本館に攻め込む前に、神明裁判を受けていただきます。

 本館から戻った後も、神明裁判を受けていただきます。

 本館に火を放って証拠を消そうとする者がいるかもしれないでしょう?

 わたくし自身が、毒を飲まされた後で火を放たれましたもの」


 ごっくん。


「おや、おや、海千山千の傭兵団長ともあろう者が、生唾を飲む音を周囲に聞かせるなんて、情けないのではありませんか?

 それとも、わたくしの目をあざむけるとでも思いましたの?」


「騎士団長!」


「はっ!」


「この者を含めた全傭兵に神明裁判を受けさせなさい。

 抵抗する者はその場で斬り殺して構いません」


「はっ、どのような条件で神明裁判を受けさせればよろしいですか?!」


「私と契約を交わしてから、契約を破っていないかを確かめなさい。

 特に破壊や略奪、婦女子に対する乱暴をしていないかを確かめなさい」


「はつ、復唱させていただきます!

 閣下と契約を交わしてから契約を破っていないかを確かめます。

 特に破壊や略奪、婦女子に対する乱暴をしていないかを確かめます」


「それでよろしいわ。

 抵抗するかもしれませんから、完全武装していきなさい」

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