第30話:一時帰領
アバコーン王国暦287年7月17日・王都野戦陣地・エマ視点
「エマ、この子はどういう言い訳で側に置くの?」
「この子は側に置かないわ。
ずっと抜け道に置いておくのよ」
「えぇえええええ、それはいくら何でもかわいそうよ!
時々私やアリアと入れ替えてあげようよ。
それに、3人で密談すると言って側仕えを遠ざけた時は、4人で女子会をしよう」
「ミサキが何を言っているのか全く分かりませんわ。
4人と言っても、動けるのはわたくしとミサキが憑依した2体だけですわよ」
「それは分かっているけど、3人はミサキの子供のような者じゃない」
「それはそうですけれど……」
「2人寝かせておいて、残り2人で夜の散歩をしてもいいじゃない」
「……確かに、2人だけで自由に過ごす夜は魅力的ですわね」
近衛騎士団を全滅させたわたくし達は領都に戻ってきました。
女公爵として政務を執らなければいけません。
常に最前線で戦い続けることはできないのです。
……ミサキの事も、少しは領都に戻った理由ではあります。
あまりにも陰惨な光景に、ミサキが役立たずになっては困るからです。
王家が民の死体で塞いだ濠を元通りにしなければなりません。
25万もの死体を掘り起こすだけでなく、王都周囲にさらしたり、王都の中に投げ込んだりしなければいけません。
さらされた25万の死体は王国軍の大虐殺を裏付ける証拠になります。
国民からの支持を失うのは明らかでしょう。
いつ殺されるか分からない民は、再び王国軍が支配に現れた時、各地の小城に籠って必死で抵抗してくれる事でしょう。
何の訓練も受けていない平民であろうと、村々の拠点である小城に立てこもって抵抗すれば、王国軍を足止めしてくれます。
もう国内に王家を助けようとする勢力はないと思いますが、周辺の中小国は、王家支援を言い訳に王国領を併合しようとするかもしれません。
カニンガム王国とウェストミース王国にはもうそんな余裕はないでしょうが、オレリー王国はほぼ無傷の状態で残っています。
東北部の3小国も竜山脈を利用してレオンお爺様の猛攻をしのいでいるそうです。
周辺の中小国全てを平らげ、国内の信用できない貴族士族を全て滅ぼさない限り、民も安心して暮らせないでしょう。
「ねえ、エマ、次の複製体を創ったら、カニンガム王国かウェストミース王国を平定してしまわない?」
「どうしてそんな事を言うのですか?」
「エマのお婿さんを決めるのが難しいって言っていたじゃない?」
「それとカニンガム王国かウェストミース王国を平定する話がどこでつながるのか分かりませんわ」
「エマがさぁ、周辺国の王位を継ぐ形で女王に戴冠してしまえば、ブラウン侯爵家の方も負けずに周辺国を滅ぼして王を宣言すると思うんだよね」
「ぜんぜんわたくしの結婚話と繋がりませんわよ」
「仲の良い親戚で従姉弟の結婚だと、年齢差が色々言われるだろうけど、女王と王子や王孫との結婚だと、政略結婚が当たり前でしょう」
「国同士の結婚でなくても、王侯貴族全ての結婚が政略ですわよ」
「うん、それは分かっているわ。
でも、公爵家と侯爵家の結婚だと、後継者の子供を作るのも大切じゃない」
「その通りですわ」
「でも、国同士の結婚だと、同盟だとか人質だとかの意味の方が強くない?」
「そうですわね……確かに同盟や人質の意味の方が強いかもしれませんわ」
「それに、女王なら再婚でもいいんじゃなくて?
従弟君の年齢を考えると、エマの出産適齢期を過ぎてしまうじゃない?
先に子供を作っておいて、離婚して再婚すればいいんじゃないの?
それと、私の世界も、昔は政略結婚が多かったんだ。
王家の力を弱めないように、母親の違う兄弟姉妹の結婚を認める国や時代もあったのだけれど、この国はどうなの?」
「さすがに兄弟姉妹の結婚は認められないですわ。
ですが、従弟との結婚は何の問題もないですわ。
叔父と姪、叔母と甥の結婚は認められていませんわ。
ですが、ステュワート教団が力を持つ前は、側室の子供も一族と認められていましたから、血の繋がらない叔父と姪、叔母と甥の結婚なら認められていましたわ」
「じゃあ、ステュワート教団が力を失ったら、エマが2人以上の夫を持つ事も可能なのかな?
逆ハーレムも可能なのかな?」
「逆ハーレム?
ミサキはとんでもない事を言いますわね。
淑女や令嬢の貞節を軽々しく扱わないでいただけます!
ですが、確かに、側室が認められていた時代は、夫人が愛人を持つのは普通でしたわね。
さすがに公式に夫を2人以上持った女当主はいなかったと思いますけれど」
「じゃあエマがやったら史上初だね!」
「おだまりなさい!
わたくしのそのような恥さらしな事をやらせようとするのではありません!」
「でもさぁ、それが1番いい方法だと思わない?
エマも子供は産みたいと言っていたじゃない?
従弟が大きくなるのを待っていたら、子供が障碍を持つ確率が高くなるよ」
「……母親の年齢によってダウン症とやらの確率が高くなるという話でしたわね」
「そう、子供は若いうちに産んだ方が障碍が出にくいんだよ。
私達なら、事前に子供に魔力を流して障害があるか確かめられるし、堕胎する事もできるけれど、そんな事やりたい?」
「……侯爵家の当主ならば、好き嫌いで決められん。
やらなければいけない事をやるだけだ」
「本当はやりたくないんだね。
言葉が当主言葉に戻っているよ」
「それがどうした!
それにそんな事を言いだしたら、従弟との結婚も子供に悪いのだろう?」
「うん、あまりいい事ないね」
「だったら、つまらぬことを言うな!」
「つまらない事じゃないよ。
とても大切な事だよ!
血の濃い従弟との結婚で、お母さんが高齢になるんだよ!
結婚する前に子供の心配をした方がいいよ!」
「将来の子供の事よりも、ハミルトン公爵家とブラウン侯爵家の関係の方が大切だ。
両家の関係がこじれると、大陸を二分する大戦がはじまるぞ。
今のような一方的な戦いですら数多くの人が死んだのだ。
両家が死力を尽くした戦いを始めてしまったら、大陸の人々が死に絶える事すらあり得るのだぞ」
「……エマが本気になったら、そんな事にはならないよね?
今のエマの力なら、ブラウン侯爵家を簡単に根絶やしにできるわよね?
エマならブラウン侯爵家に魔術の隠し玉がないのは知っているよね?
ステュワート教団のような心配はいらないよね?」
「……確かに、ブラウン侯爵家に魔術の隠し玉はない。
レオンお爺様がわたくしを欺いているとは思えない。
ミサキは狡いな。
自分は決して人を殺さないくせに、わたくしにはとても辛い選択をさせる」
「ごめん、エマ、本当にごめん。
でも、ブラウン侯爵家と話し合えと言ったのは私だし、話し合う以上、事前にもめそうな事は決めておかないと、結婚してからいさかいが起るよ。
私は結婚した事がなくて、好き勝手に生きていたけれど、若くして結婚した友達の多くが、色々もめて離婚しているから……」
「……確かに従弟と結婚してから仲違いするのは問題ですわね。
それでは何のために従弟と結婚したのか分からなくなってしまいます。
権力の事、領地の事、子供の事、話し合う事は多いですわね」
「先に話し合いたいと使者を送ってみたら?
カニンガム王国かウェストミース王国を併合するのは確定だけれど、その後で女王を名乗るかどうかは、今私が言いだしたところだし」
「そうですわね。
お爺様や伯父さまが反対する可能性もありますし、後で問題にならないように、先に相談していた方がいいですわね」
「難しい話はこれくらいにしておいて、美味しいものを食べようよ。
4人分だから、結構時間がかかるし」
「……最近時に食べ過ぎているから、使用人たちの目が怖いですわ」
「もうとうに手遅れだし、諦めた方がいいよ」
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