第19話
とりあえず話がついて、俺は一度部屋に戻って身支度を整え、朝食の席で改めてリージェと向かい合う。食卓の上にはリージェが作った焼き菓子も並んでいる。名前? 知らん。
「えっと、それじゃあ……今後の話をしたいんだけど」
粗方食べ終わり、焼き菓子を摘まみつつ入れ直した茶を飲む、そんな頃合いでリージェがそう切り出した。
「そうだな。必要だろう」
リージェを招いた当初、俺は一晩明けたら彼女を王都行きの馬車乗り場に案内するつもりだった。それでも帰らないようなら彼女の勝手だから、どちらにしろ縁はそこで切れる。
しかし合意の上で彼女が町に留まる選択を受け入れた以上、リージェの今後は俺にも関わりと責任がある。
「まず、ダンジョン討伐が終わらない限り、これから先も宿を取るのは不可能だろう」
「そうよね……」
「イルミナあたりに事情を話して、泊めてもらえないのか?」
「泊めてもらえる、とは思う。でも迷惑はかけたくないわ。そんなに親しいわけじゃないし……」
そうなのか。結構親しげに見えたんだが。人間の距離感は難しいな。
「もう一人の……トリーシアだったか? 彼女はどうだ?」
「絶対無理!」
イルミナのときよりはるかに早く、きっぱりとした断言が来た。
頼れる知人もなし。宿が空く期待も持てない。とくれば……。
「……答えは決まっていたか」
「よ、よろしく……」
「部屋は余っているから構わない。だが器材搬入までは難しいぞ」
二人分のアトリエを作るとか、考えていなかったからな。当たり前だが。
そして俺は他人と器材を共有するのは御免である。そもそも、すべて俺に合わせて調整済みだし。リージェのような魔力操作が雑な人間に使われたら性能が落ちる。
「それは大丈夫。ダンジョン討伐が終わったらこの町の特需も終わるから、部屋も借りやすくなると思うわ。器材はトリーシア様が使っていた物が中古で出回ると思うし。それまでは魔力操作の訓練にあてるつもり。長くかかるようなら空き家を探してもいいと思ってるし」
「どれぐらいかかるかの見通しを、イルミナに聞いてもいいかもしれないな」
もし長くかかっていっそ器材を取り寄せることにするのなら、それなりに時間がかかる。
「……本当。実際のところ、どうなのかしら。大事にならないですぐに片付くといいんだけど」
魔物生成所が近くにある不安感を思い出したか、リージェの表情が曇る。
「まあ、そうだな」
それには心から同意する。
とりあえずの方向性が決まると同時に、やや鬱々とした空気が流れてしまった。そんな中。
カンカンカンカンカンッ!
「!!」
緊急事態を告げる警鐘が鳴り、俺とリージェはほぼ同時に腰を浮かせた。次いでギルドカードが振動し、通達があったことを主張する。
内容は俺にとって、極めて億劫であるもの。
【近郊ダンジョンより
と。
王宮錬金術士であるリージェも同じ通知を受け取っており、俺たちは揃って領主館へと向かうことにした。
領主館があるのは当然上流階級――つまり貴族が住む区画なので、行くのは初めてだ。……道がさっぱり分からん。
しかし心配は不要だった。町の中心部に向かう途中にある階段(つまりは境目)で呼び止められ、事情を話したら案内されることになった。
「それでは王宮錬金術士殿。こちらでしばしお待ちください」
「あ、ありがとうございます」
「とんでもない。どうぞよろしくお願いします。――おい、貴様はせいぜい邪魔にならないよう大人しくしておけよ」
リージェにとびきりの愛想を振りまいてから、唾でも吐きそうな表情で俺に命じて去って行った。まあ、町の中心部に住む上流階級の人間にとって、家名なしへの対応などこんなものだ。
「……どこにでもいるのね、ああいう人」
「どこにでもいるのか」
「いるわね。ちなみに、王都でのわたしの扱いは今の貴方と同じよ」
「格差を感じるな……」
王都と田舎町との。
「だとしても、今、貴女方はずいぶんと恵まれているのよ。現状に対して必要な能力を持つ人材として。事実はともかくとしてね」
「!」
自信に溢れた勝気な声に、リージェはびくりと肩を撥ね上げた。
「ごきげんよう、リージェ。それから貴方……あら、商業ギルドでお会いしたわね? ここにいるということは、貴方錬金術士だったのね」
俺を見るトリーシアの目には、はっきりとした軽視が見て取れる。別にどうでもいいが。
「この町の錬金術のレベルは酷いわね。田舎だから仕方ないと言えばそうだけれど……。貴方ももう一人の人も、レベルは三未満、しかもCランクDランクの低品質品ばかりの納品。ないよりマシとはいえ、これでは錬金術の力が疑われてしまう。嘆かわしいわ」
ああ、なるほど。俺の能力に対する軽視だったか。納得した。
「ちょっと、言っておくけどニアは……」
「おい」
なぜかむっとした様子でリージェが言い返そうとするのに、制止をかける。
「あ」
俺は目立ちたくない。その目的のためなら誰に軽んじられようが些細なこと。
そのことを思い出したらしく間抜けな声を上げ、口を閉じる。不本意そうに。
「何?」
「何でもない。低級品であっても需要と釣り合っていれば相応の価値があるというだけだ。お前が言った通り、こんな田舎に高レベル高価格の商品など求められていない」
ダンジョン多発地帯でもあるまいし。
「便利で惨めな言い訳だこと」
ふんとトリーシアは鼻を鳴らしたが、町の事情も間違いなく事実である。
最高難度レベル十の品が店頭に並んだとして、一年に一つ売れるかどうか怪しいものだ。埃を被って劣化していく未来しか見えない。
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