異世界にお酒を卸すのが仕事です!

蓮田凜

第1話 異世界転生

青山あおやま 佑人ゆうと殿、令和4年4月1日をもって商品部 係長に命じる」


 周囲から拍手が聞こえる中、社長から辞令を渡された俺は商品部の空席であった係長への昇進が決まった。

 飲食店にお酒を卸す業務用酒屋に入社して6年、平社員から主任へとステップアップをし、絶え間ない努力の結果、ここまで来ることができた。

 学生の頃からバイトをすぐに投げ出してきた自分にとって、6年の歳月と係長という肩書は一つの自信になった。


 一方、プライベートは正直自信がない。仕事に執着するばかりで28歳になった今も独身、彼女なしである。

 昇進記念に有志で飲み会を開いてくれたが、結局話題になるのは「彼女できた?」が酒のつまみだ。

 3年前に別れて以来、彼女を作る予定もないし仕事が終わるのは大抵21時、22時は当たり前。朝は5時半には起きないと発注に間に合わないし、もはや寝るのも仕事の一つだ。


 今日も安定の「佑人の合コン作り」で持ちきりになり、べろんべろんに酔った面々はそれぞれ帰路についた。

 山手線に乗って日暮里にっぽりに着いた俺は徐々に記憶が薄れていく感じがした。

 所謂いわゆる、飲みすぎだ。


 エスカレーターに乗ると、次から次へと人が駆け上がっていく。

 ――何を急いでいるんだ?

 上りきった先に電光掲示板が見えた。「最終」と書かれている。待てよ。

 ――やべ! 終電だ!


日暮里舎人にっぽりとねりライナー最終電車、間もなく発車します」

 無我夢中で走る。

「まっえ(待って)~~!」

 うまく呂律ろれつが回らない。


 今まで何度か終電間際に駆け込むことがあったが、乗り遅れたことはなかった。

 今回も悠々乗車だろうと思い、改札を抜ける。


 しかし、閉まるドアに向かって走っているのに、思うように進めず左右へよれる。


 やべー、飲みすぎた……

 数メートル先が遠く感じる。


 はぁはぁ……


 乗り遅れたらタクシーで帰る羽目になる。

 あと数歩だ、頑張れ。


 ドアが完全に閉まろうかという瞬間だった。

 まさに間一髪とはこのこと。

 何とか間に合った。


 日頃から発注の締め時間に間に合わせる為、ギリギリの戦いをしてることだけはあるな。


 しかし、乗ったはいいが周りに乗客が誰もいない。

 さっきまで走り抜いていった人たちはどこへ行った?

 まぁでもラッキーだ。終電はいつも混み合うから座れるのは珍しい。


 一番後方車両に乗った俺は千鳥足ちどりあしで座席につく。

 うとうと……

 案の定、発車して間もなく酔いの回りが強かったからか、寝てしまった。


 ……


 ん?


 やばい、寝過ごしたかな! 今どこだ!?

 窓の外は真っ暗だ。

 変だ。舎人とねりライナーにこんな暗い景色はない。

 全て高架になっている線路だから、街の街頭が見えるはずだ。

 前方車両まで行ってみたが誰もいないし、一向に景色も変わらない。


 どういうことだ?


 ガシャン!


 どうやら止まったようだ。


 もしかして、車庫に入ったとか? 車庫は確か地下にあったはずだ。

 そうだとすれば、やばいじゃんかーー!


 何とかして出ないと。

 ドアの前に向かうと、意外にも自動で開いた。

 ここがどこであるか確認しなきゃ。


 ピシャーーーー


 ま、眩しい!!


 こ、ここはどこだ……?

 駅のホームでも車庫でもない。

 瓦屋根に黒漆喰くろしっくいの壁……風情ある街並みが眼前に広がる。

 足元は硬い正方形のタイルが綺麗に敷き詰められている。


 舎人とねりライナー沿いにこんなところはない。

 小江戸川越?

 いやいや、終点だとしても足立区の端だ。


 しかも、朝? そんなに寝過ごしたか?


 ピシャッ

 突然電車のドアが閉まる音が聞こえた。


 後ろを振り返ると、

 ん? え! うそ! 電車がない。

 消えた!


 あり得ない。

 夢だよな……

 完全に飲み過ぎたな……


 あたりには人影が見当たらない。


 一体ここは……

「どこなんだー!」と、叫んでみる。

 閑静な街並みに俺の声がこだまする。


「おい、そこの人間! 転生者だな?」

 背後から男の声だ。良かった。人がいた。

 でも、そこの人間?

「ええ、ちょっと寝過ごしちゃっ……て、うおおおおおお!」

 思わず声を上げてしまった。

 振り返ると、そこにいるのは人間ではなかった。


 そう、これはどう見ても猪の顔をした人間。

 顔中にイボイボがたくさんあり、牙をむき出し、ヨダレが地面に垂れている。

 身長は190センチはあろうかという巨体に、洋服という洋服はボロボロだ。

 二本足で立ち、俺を見下ろしている。


 無論、俺は腰を抜かした。


「ふっはっはっは! ビビるのも当然。どうだ人間、うちへ来ないか?」

 どうだも何も、これはどういう状況だ……図太い声にこの図体。今にも食われそうだ。それに、うちへ来ないかって何。


 あまりの衝撃に言葉を失った。


「うんともすんとも言わねーな!」

 いやだって、明らかに脅されてるし、猪が喋っているなんておかしい……

 完全に酔いがめた。


「おい、猪又いのまた! その者に手を出すでないぞ」

 警察か!? 助かったぞ。

「んお? ぐぬぬ……これは……騎士団のフォルスター殿……」


 いや、警察ではない。

 今度は猪と同じぐらいの身長のチンパンジーじゃんか!

 しかも、鎧を着用していて腰には剣らしきものがある。完全に武闘派!


 一体全体どうなっているんだ。


「ようこそいらっしゃいました。転生者の方」

「転生者?」

 転生と言えば、あれだ。本で読んだやつだ。

 現実世界から異世界へ飛ばされてあーだこーだするあれ。

 書店にあったのをチラ見したぐらいだからよくわからない。


「ここは騎士団が受け入れます。ならず者にさせぬように。手を出すと厳しい監視をあなたの元に置きますよ」

 すげー強気だ。あの猪が恐れ入っている。取り締まる側なのだろうか。


「は、ははぁ……。大変失礼いたしました」

 あの強面こわもても頭を下げざるを得ないようだ。

 猪又と呼ばれる猪は一礼するなり、そのまま走り去っていった。


「転生者の方、只今はご無礼を大変申し訳ございません。あの者は、転生者狩の猪又いのまたと言って、善い人を装って、働き手にしようとする悪いやからです」

 今時そんな強引な雇用があるか。


「私は転生者をナビゲートする案内人のフォルスターと申します。この世界で自立した生活ができるようにサポートをしております。現実世界でご臨終なさったようで、この度はお悔やみを申し上げます」


「はい? それは俺のことですか?」

「ええ、あなたのことです」

 俺が死んだ? 新手の詐欺だろうか。

「つい先程のことです」


「そんなはずは。今もこうやって立っていますし、動物と会話もできています。ん、いや、あれ……動物と会話はできる訳ないですよね……」

「ここは異世界。白の国です。人間と動物が共通語で会話のできる世界です」

 確かにこの会話がリアル過ぎる。しかし、死んだなんてあり得ない。


「確かにお亡くなりになられております。転生理由は急性アルコール中毒と書かれています」

 チンパンジーのフォルスターははがきサイズの紙を俺に渡してきた。


 受け取った紙には「通知」と書かれていた。


 通知

 青山佑人あおやまゆうと 享年28歳

 4月1日、現実世界にて急性アルコール中毒となり他界。

 本日をもって白の国へ転生し、本国の住人とする。

 尚、この通知を受け取った日から1週間以内(日付変更まで)に本国内で就職先を見つけること。

 見つからぬ場合は国の規定に則り、軍への入隊とみなす。


 二度三度、読み返した。

「この国の転生者制度になりますので」

「待って下さい。本当に死んだのか納得がいきませんし……」

「あなたは飲みすぎて、本来乗る電車に乗れずホームで倒れていたのですよ。救急車で運ばれましたが、搬送中に亡くなられた」


 倒れた……

 悪寒が走った。

 確かに思い出してみれば、日暮里にっぽりに着いた時、まともに歩くことができなかった。

 舎人とねりライナーに乗車した際にはエスカレーターを駆け抜けていった人はいないし、俺一人だけだった。

 あの時、乗車できずに倒れたんだ……車内は既に死後の世界だったということか……。


「それで異世界転生したと……」

「はい。新たにこの世界で生を引き継いだと言うべきでしょうか」

「ポジティブな言い回しですね……」

「あなたは今、死んだときと同様のステータスを所持しています」

 ステータス? ゲームのような言い方だ。

 死んだときのスーツ姿のままのようだし、つまりは現実世界の自分を丸写しして、この世界へ来た訳か。


「それでは改めて。青山佑人あおやまゆうと様を自立した生活ができるようにサポートさせていただきます。よろしくお願いいたします」

「よ……よろしく……」

 係長へ昇進して、いよいよ幹部への道が開かれたというところだったのに。

 急性アルコール中毒で死亡。そして異世界転生。

 また平社員から一からのスタートか~~~!

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