第107話 最強からの宣戦布告

 新学期が始まり、一週間の時が経過した。

 初日に思わぬハプニングこそあったものの、それ以外は基本的には変わり映えのしない毎日。

 学校に行き、数少ない友人と駄弁り、休日には妹や後輩と過ごす何気ない日常。

 朝神グループ、天野澪、何よりも友の死。

 これまでに取り返しのつかない多くの犠牲こそあったものの、ようやく待ち望んでいたモノが戻って来た気すらしていた。

 無論、それは"ある一点"を除けばの話だが……。


「やっぱ出ないか……」


 時刻は深夜0時。耳元に当てていたスマートフォンから留守番電話に繋がるのを確認すると同時に、俺は通話終了ボタンをタップする。

 非常識な時間なのを自覚しつつ、あえてこの時間を見計らったみたものの、残念ながら結果は実らなかったようだ。


「ったく。今頃はどこで何をしてるんだかな……」


 そんな俺の脳内に浮かぶのは、一週間前から連絡が取れなくなった少女──島津優奈の姿。

 そう……あの日、自らの主人である校長に真実を問い正して以降、彼女は突如として俺達の前から姿を消していた。

 いくら電話を鳴らそうがコールこそすれど一度たりとも出ず、送ったメッセージには既読すらもつからない。


 その理由は……まあ、言うまでもないだろう。


「……随分と良いように使われたもんだな。お前も、俺も」


 それは、優奈への同情の呟き。

 今まで仕事上、それも行き場のない自分を引き取ってくれた主、朝神という居場所すらも奪った監視対象のガキに生死不明の血の繋がった弟までもが奪われたと知った彼女の心境はどれほどのものだったろうか?


 ……思わず目を閉じる。未だに昨日のことのように思い出せるのは、何もわからず、何も知らぬまま連れて行かれたあの忌まわしき訓練所だった。


 二年前のあの日──俺達は、"試合"を強要された。

 それは、実験台モルモット同士による鎖に繋がれた囚人同士による試合。


 ただ生き残る為に、何もわからず続けるしかなかった。

 いつの日か、この地獄から出られる事を信じて。


 その為に、罪もない少年の命を奪った。

 その為に、罪のない少女の命を奪った。


 何よりも守るべき妹と、誰よりも自分の身を案じてくれた大好きな幼馴染に、もう一度会う為に……。


「だとすりゃ、これも一種の天罰なのかねぇ……」


 我ながら笑えない冗談だと自覚しつつ、俺はベッドに腰を下ろす。

 あの様子では、優奈が事件の真相を知ったのは澪や裕也の一件が終わった後なのは間違いないだろう。

 果たして今の彼女には、俺という存在は何に映っているのだろうか?

 そんなことを考えつつ、俺は就寝の準備に入るべく先程に放り投げたスマホを手に持つ。

 そのまま充電用のケーブルに近づけようとしたところ──それを拒むようにスマホがバイブ音を漏らした。


「……!」


 すかさず目前に戻し、それを確認する。

 まさかまさかと思いつつ、着信画面には──『島頭優奈』とその名が表示されていた。

 迷うこともなく、そのまま通話ボタンをタップする。


「もしもし。優奈か?」

『ふふ……残念ながら外れかな。非常識な時間での連絡は誤っておくよ。今は一人かい?』

「ああ、莉緒ならもう寝てる」


 声の主が誰かなど、もはや考えるまではなかった。

 どうやら、俺の勘は間違ってなかったらしい。


「わざわざ優奈のスマホからかけてくるとは、随分と強気じゃねぇか。今回は何が狙いだ?」

『おいおい、強気なのはお互い様だろ?でもま、時間も時間だし、簡単に要件だけを言おうか』


 電話の主──鬼塚玄馬は特に焦った様子もなく話す。

 かつては朝神グループ宗主の側近という立場にありながら、優奈と入れ替わりになることで降り、あの天野澪の育て親でもある男。

 その澪が薬物により妄想症となった今、最も犯行の疑いをかけられた男でもあった。

 そしておそらく……いや、確実に。今回の優奈の失踪とも……。


『まず、彼女……島津さんの身柄は僕が預かってる。無事に返して欲しいなら、明日の午後22時に君一人でプレジャーレストランの裏口に来るんだね。その上で君が僕に勝てたなら、彼女の居場所を教えてあげる』


 予想していたことながら、電話越しの男はとんでもないことをあっけらかんと言い放った。


「やっぱりあんたの仕業だったか。何故わざわざ?つか、中年親父と喧嘩する趣味はねぇんだが」

『そう言わないでくれよ。僕としても、君が身につけた強さには非常に興味があるんだ。それに、ここで僕を潰しておくことは君にとっても大きなメリットになるはずだろう?』


 ヘラヘラとした口調ながら、電話越しの男から感じたのは絶対の自信だった。

 負けることを恐れていない。否、考えてすらいない。

 あの一見穏やかな仮面の下にどれほどの強さが潜んでいるのか。それは想像でしか測れないが……。

 

「まあ、いいけどな。どっちにしろ俺に他の選択肢はねぇ訳だし」

『相変わらず理解が早くて助かります。君なら心配ないとは思うけど、一応警告はしておくよ。警察や校長先生に知られるようなことがあれば彼女の命はないと思ってね。君だって彼女を"あの子"のようにされたくはないだろう?』

 

 その言葉は、俺の根拠のない推測が現実のものになった瞬間だった。

 あの女は……天野澪は、確実にこの男に討たれたのだ。

 無論。その理由はある程度の察しはつく。しかし曲がりなりにも父と呼ぶべき身でありながらも、まるで道具のように使い捨てられた澪に微かながらも同情を覚えてしまう辺り、思った以上に俺の中であの女の存在は大きなものになってしまったらしい。


『こちらからの要件は以上だ。そろそろ切るけど、何か聞きたいことはあるかな?』

「そうだな。なら、さっきの質問に答えてもらおうか。あんたの目的は何だ?何故あいつらに手を貸す?」


 数々の疑問が浮かぶ中、その中でも最大のものを投げかける。

 その答えは、秒と待たずに明かされることになった。


『うん?特に何も。あえていうなら、そうだな。退屈だったからかな」

「?」

『いやだって、面白いじゃないか。たった一人の少年の愛を巡って、少女達は互いが互いを憎しみ合う。それだけならまだしも、標的となった少年は守る為に身につけたはずの力で抵抗する?全く、こんなに楽しい見せ物はないよ。その茶番をもっと盛り上げてあげたいなって思っただけさ』

「なるほど……要はとんだサイコパスって訳か。迷惑な話だ」

『はは、そういうことになるかな。じゃあ明日、楽しみにしてるよ。ちゃんと確かめてあげる。君が本当にお姉さんを超えられたのか……ね』


 最後までヘラヘラとした態度を崩さず、通話は終わりを告げた。

 そのままスマホを充電器へと繋げ、俺は再度ベッドに仰向けになる。

 ひとまず、成すべきことは決まったと言っていいだろう。

 正直に言うなら、間違いであって欲しかったが……。


「やれやれ……」


 どこか憂鬱な状態になりつつ、俺は右手を宙に浮かせる。

 どうしても、突如として決まったあの男との戦いを柄にもなく意識してる自身の感情を無視することは出来なかった。

 優奈の消息はどうであれ、これ以上掻き回されない為にもあの男は確実に潰しておかねばならないだろう。


 例え、その結果が──どんなに醜いモノになろうとも……。


「……全く、とんでもない一日になりそうだな」


 来るべき明日に備え、俺は目を閉じた。



 

 

 

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