第27話 動き出した奏
「随分と派手にやったね。でもまさか、この人がこうもあっさり負けるとは想像してなかったなぁ」
奏は地に沈んだ阿久津に目を向ける。念入りに本気の打撃を数発と叩き込んだだけに虫の息ではあるが、未だに意識は残っているようだ。
奏は仰向けの阿久津に近づくと、そのまま腰を下ろした。
「申し訳ありません、お嬢様。この私が至らぬばかりに……」
「ううん、全然。余裕とまでは行けないけど、湊を堕とす為の準備はすでに整ったから。もう少しで救出に来る。後はゆっくり休んで?」
「不覚、ですね……」
それだけ言い残し、阿久津は目を閉じた。
奏はそれを見送ると、再び腰を上げる。本格的に対峙の時だ。
「へぇ、こりゃあ驚いた。お前があんなに優しい言葉をかけるなんてな。てっきり『目的を果たせないボディーガードはいらないよ』とでも言いながら、スタンガンでも突きつけるのかと思ったぜ」
「うっわ、失礼だなぁ。こう見えても、私なりに人には優しくしているつもりなのに」
俺の冗談交じりに軽口に、穏やかに笑う奏。
朝神グループという恵まれた環境に生まれながら、彼女がそれを鼻にかけることはなかった。
清楚ながら、その明るく大胆で積極的な性格は常に周りから頼られ、同時に多くの男達を魅了して来た。
他ならぬ、俺自身がその一人だったのだ。
「しかし、流石に驚いたぜ。お前、俺を拘束するつもりなんだってな。理由は?」
「理由?そうだなぁ……湊を他の女の子の目が届かない場所に置く為?かな?」
「あ、そう……」
まさにそのままの理由に、俺は頷くしかない。
「もぅ、また適当な反応。私だって、ゆっくりと時間をかけて距離を縮めて行くつもりだった。でも湊ったら、全然変わらないんだもん。親殺しってあれだけ周りに中傷されても、いつだって平気な顔して。せっかく苦労して噂を広めたのになぁ」
いや、お前のせいかよ。
「でも、それだけならまだ良かったの。莉緒は相変わらず湊にベッタリだし、あいつは私の目の前で湊を奪った……私だけの湊の唇をだよ?うーん……やっぱり思い出すだけでも悔しい!というわけで、これは私もウカウカしていられない……なんてね!」
活発的な彼女の言葉。その奥に潜むのは陽菜への底知れぬ怒りだった。
奏はゆっくりと歩き出し、俺からある程度の距離を置き、再度腰を落とす。
そして、地面に落ちていた物を拾い上げた。
「良かった。壊れてはいないみたいだね」
それは、阿久津が俺に放り投げたスタンガンだった。
「お前の目的はわかった。ただ、目の前で監禁宣言をされて"はい、そうですか"、と首を縦に振る人間が居るとでも思うか?」
「うーん。それはないじゃないかな?居たとしても、かなりの変わり者か相当な異常者だと思う」
こいつは絶対に人の事を言える立場ではない。
「じゃあ何か?まさかお前が力ずくで俺とやり合うつもりか?」
「ないない。流石にボディーガードが勝てなかった相手に挑むなんて。というか私、か弱い女の子だよ?」
奏は笑いながら自らの顔の前で手を横に振る。
俺自身、冗談半分に発した一言ではあったが、次の彼女の言葉により状況は一変した。
「ずっと考えてたんだ。湊を誰にも取られない方法。悔しいけど、莉緒は湊にとって大事な人だよね?私だって、湊が悲しむを見るのは嫌だもん。だから、こうするしかなかった」
それは、今まで笑みを崩さなかった奏の顔つきが変わった瞬間であった。
それと共に、制服の懐からスマホを取り出す。
「自分の目で確かめてみて?」
奏がスマホを操作すると共に、今度は俺の懐からスマホが震え出した。
まさか……と恐れが脳内を支配つつ、取り出して確認してみる。
「(こいつは……)」
それは想像通り、目の前の奏からたった今送られて来たものだった。
本文には何の文書もなく、貼付された一枚の画像に俺は驚愕した。
全てが白一色で統一されている部屋。俺の視線は、部屋の中央に設置された大のベッドに向かっていた。そこには、小さな少女が眠るように横たわっていたからだ。
少女は腕を大きく開いた格好だった。その両手首の方を見ると、黒い皮製の手枷が装着されていた。その先は太い鎖でベッドに繋がれており、足首にも同じ処置が施されている。
その少女が、妹の──黒鉄莉緒であることに疑いの余地はなかったのだ。
「(なるほど、やられたな……阿久津に俺を呼び出させたのは、最初からこっちの注意を向けさせ莉緒を拉致する機会を狙っていたって訳か)」
無意識にスマホを握る左手に力を込めているのが自分でもわかる。
しかし、今だけは我慢出来そうにもなかった。
「もぅ、そんなに怖い顔をしないで。少し眠らせただけで、外傷は一切つけないように言ってあるから。今のところは、ね……」
そこまで言われて、俺は奏の策を理解した。
同時に、今自分がするべき最善の選択も……。
「ねぇ、湊」
奏は、一歩一歩と近づいてくる。
対して、俺は立ち止まったままだった。
「私は──朝神奏は今でもあなたを愛しています、あなたが莉緒を、何よりも日常を守りたい気持ちもわかるよ。でも、それでも、私はあなたと……一緒に居たいの……」
彼女は、始業式に俺に言った言葉を繰り返し呟いていた。
やがて、俺と奏の距離は密着の一歩手前というところまで近づく。
「だから、ね?湊。私達、もう一度やり直そ?」
彼女は手に持ったスタンガンを俺の首筋にスタンガンを宛てがった。
電源は切られており、俺の意識も健在。しかし、それもすぐに終わりだろう。
だからこそ、最後に言い残すことがあった。
「はぁ……最後に一つだけ約束しろ」
「何を?」
「俺を監禁したなら、莉緒の自由を解放するってな。もしあいつを殺めるような真似をしたなら、俺はお前を必ず殺す。お前も、阿久津も、朝神グループの人間も一人残らずな」
「うん、安心して。言ったでしょ?私だって湊が悲しむのを見るのは嫌だって。湊さえ居れば、もう“莉緒には“興味はないから」
奏からの了承をこの耳でしっかりと聞いたと同時に、俺の意識は薄れていく。
ビリビリと高電圧が音を立てている事から、どうやらスタンガンの電源を入れたらしい。
「(やれやれ。また面倒なことになりそうだ……)」
皮肉な捨て台詞と共に、俺の意識は完全に途絶えた。
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