第20話 優柔不断だからこそ、恨んでいない
俺は斬新な空気を吸い込みつつ、大きく背伸びをした。
まだまだ日差しが強い太陽の下、地面の直から守るレジャーシートの上には無数の紙コップや弁当箱が並んでおり、数本のペットボトルも同様だ。
「何だか、久しぶりだよね。こうして二人きりで食べるのって」
「そうだな」
俺はレジャーシートに腰を下ろした。
そこにはとても一人……二人分でさえ完食出来るのか怪しい程の煮物が容器に詰められている。
奏はどこか切なげな表情をしていたが、それも一瞬だった。
「おぉ、こいつは確かに美味そうだ。また随分と張り切ったな」
「ふふん、でしょ?今日はいつも以上に腕によりをかけましたから。
容器いっぱいに詰められたおかずは、野菜炒め、肉巻き、鳥の唐揚げなど。広げられた弁当の中はどれも俺の好物が並んでいた。
食欲が抑え切れず、俺は早速煮物に箸を伸ばそうとした。
「こ〜ら。最初はい・た・だ・き・ま・す、でしょ?」
「わかったわかった。いただきます、と……」
投げやりに手を合わせ、俺は改めて奏が用意してくれた唐揚げに箸を伸ばし、口の中に運んだ。
「んっ!美味い!」
「本当?良かった〜。久しぶりだったから緊張してたんだけど、上手く行ったみたいだね」
あまりの適切な味付けに俺が思わずそう口にすると、奏は無邪気に微笑んだ。
お世辞でもなんでもなく、日頃から俺が口にしているコンビニ弁当や病院飯とは比較にならぬ美味さだった。
「何つーか、久しぶりにいいもん食わせて貰ったわ。最近はもっぱらコンビニや外食ばっかだったからな」
「そんなことだろうと思った。駄目だよ?ちゃんと自炊しなきゃ。湊、別に料理が出来ない訳じゃないでしょ?」
「いや、最初はそのつもりだったんだけどな。学校から帰ってから自炊しろってのも中々」
呆れ顔の奏に、俺は渋々答えた。
両親もいない今となっては、基本的に家事や洗濯などは莉緒と一日毎に交互に行ってはいるが、この一週間、互いに自炊などは一度もしたことはない。
引っ越したて当初こそ奏が手を回してくれたが、家のキッチンの火をつけたのも彼女が最後だろうと言える程である。
「全くもぅ……でも、安心はしたかな。湊、全然平気そうだし」
「噂のことか?何だ、お前までもがいらない心配してたのか?」
「正直ね。湊がそういう人だっていうのは理解してるつもりだけど、心配もしちゃうよ」
奏はどこか曇った表情を向けてくる。
この時点で、俺自身の直感が教えてくれる。
どうやら楽しい時間はここまでのようだ。
「ねぇ、湊。あの時の言葉……今度は私が言っていいかな?」
「あの時?」
「湊は、“私達“を恨んでる?」
それはまさしく、新学期初日、俺が彼女にした問いそのままだった。
「前に言ったよね?例え何を言われても、私は絶対に認めないって。それは変わらないし、変える気もない。ただ、湊はどうなのかなーって」
彼女の快活な口調。しかし、その瞳は確実に俺の真意を探ろうとしていた。
「安心しろ。別に恨んじゃいねぇよ。ただ、忘れた訳でもないってだけさ。お前ら二人が俺にしたことはな」
「それは、恨みとは違うの?」
「こう見えても優柔不断だからな。俺はそこまで割り切れなかったってだけだ」
軽口と共に、俺は嘘偽りのない真実を語った。
そこには、彼女達への恨みや復讐。ましてや、彼女達へ許しを与えるという強さもない。
俺には、彼女達を恨み、憎むという選択が出来なかった。
ただ、それだけだ。
だからこそ、その全てを「力」でねじ伏せるという選択を選んだに他ならないのだから……。
「私は好きですよ、湊先輩のそういうところ」
それは、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声音だった。
俺自身、彼女の気配にはとっくに気づいていた。
その声にはかつてないほどの恨みと威圧感がこもっており、奏は自然とその場に立ち尽くしてしまう。
そんな彼女を嘲笑うかのように、すぐに屋上の扉は放たれた。
「だって、それも仕方ないじゃないですか。目の前に居るのは湊先輩の愛を独り占めする為に、叔父さん達に莉緒ちゃんを手にかけるように仕向けた──本当の意味での黒幕なんですから」
目の前で人懐っこく笑う後輩──陽菜の爆弾発言に、奏は表情を変える事なく、小さく肩を震わせながら陽菜を眺めていた。
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