花と銃
maru
第1話
中央通りのはずれから丘へと続く階段を、朝の軽い肩と共に軽快に上っていく。耳元にさしたいかにも頼りないイヤホンからは、スピッツの「あじさい通り」が大きな音で響いてきた。あじさいの季節がもうすぐのこの時期に、Spotifyも粋なことをするものだ、と少し嬉しくなった。
段差を上り切ったところで音を止め「おはようございます」と、なるだけ大きな声を出した。すると「おはよーマキちゃん」「おはようさん」と口々に、あちらも大きな声で返してくれる。
丘の上の広場では10数人の老若男女が集まって、9時台のほどよい日差しの下で大きな花壇の手入れに勤しんでいる。見慣れた朝の風景だ。
私が「花祭り準備会」に入り、こうして広場に足を運ぶようになって何日になるだろう。
花祭り。5万人強の人口と小さなターミナル駅を抱える、本州内陸部のひなびたこの街が誇る最大の催しだ。この広場の大きな花壇に、種々の花を取り合わせて細かく植えていく。それを上空から見れば、クレパスで描いたみたいに、少しぼやけた大きな花の絵が浮かび上がるというわけだ。
なんてことはないアイディアだけれど、意外にもこれを心待ちにしている人は多いようで、近くの政令指定都市からもたくさんの人が訪れる。花の名所に乏しい周辺状況に目を付けた行政のうまいPR戦略だと、教養科目の教授が評していたっけ。
私はベンチにカバンを置き、髪を結び、軍手をはめて、まだ少し眠いほっぺたをたたいて気合を入れた。
改めて見ると、失礼ながら、街の大きさに似つかわしくないほど立派な広場と花壇、そしてなにより花々だと思う。一般に、花はそのかわいげで見る人の心を和ませるものだけれど、私は花の持つ力にもっと大きなものを感じている。人がみんな持っているけれど忘れてしまうやさしさを、心の深い部分から呼び起こし、平和をつくる。そうした力は花にしかないと信じてやまない。
再来月には大勢の人がやってきて、広場の花々を見てやさしい気持ちになるのだと思えば、毎日の作業にも精が出る。半分はそんなことを、半分はユウヤと花祭りに行ける日のことを考える。期待で頭をいっぱいにしながら、できるだけ丁寧に雑草を抜いた。
「マキちゃん、銃」幸せでどろどろな頭の中が、不意の言葉で固まり、現実に戻る。「土付いとるで、故障のもとやで」
「あ……すみません、ありがとうございます」と会釈しながら、雑草取りに夢中で土についていた銃口を手に取り、ホルダーを上げて高い位置で固定した。他の人もその声を聞いて気付いたのか、カチャカチャと金属音が聞こえた。私の銀色の銃身に目をやると、土だけでなく、花や雑草から受け取った昨夜の雨粒がぽつぽつとしていた。透明で丸い水粒には、ちょうど足元のポピーや薔薇の赤色がよく反射していて、心ならずもきれいだと感じる私がいた。すぐに、私は再び雑草に目を凝らした。
そのまま夢中で雑草を抜き続けていたら、なにぶん広い花壇なので気付けば昼になっていた。会長さんの差し入れをみんなで食べてから、きょうの「花祭り準備会」はお昼過ぎに解散した。学生は大学に、主婦とお年寄りは家に、それぞれ足を向ける。
私は心地良い疲れと共に「今日は寝るなあ」と半ば諦めながら、3限を受けに大学に向かった。今日はやけに甘く感じた差し入れのおにぎりの味が、口の中から消えないままだった。
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