<共通ルート> 一章 犬にされた人との出会い

 鳥の声で目を覚ました私はそっとベッドから起き上がる。


「……なんだか懐かしい夢を見ていた気がする」


大きく伸びをするとベッドから出て身支度を整えた。首には父の形見のペンダントが揺れる。


「結局お父さんから教えてもらえないままで、これが何なのか分からないまま……このペンダントには一体どんな力があるというの?」


ペンダントを託されてから直ぐに父は病で亡くなり、身寄りのなくなった私は生前父が頼んでいた友人の夫婦の家へ養子として迎え入れてもらえる事となり、そこで私は育てられた。


ペンダントの秘密について知りたくて図書館にある本を片っ端から読んではいるがいまだに謎は解けていない。


「……さて、こうして考えてばかりもいられない。お姉ちゃんに朝ごはん作ってあげなくちゃ」


私は言うと一階へと降りて行った。私には血のつながりはないが姉がいて名前はティアさん。それから兄や姉と慕う雑貨屋の三つ子がいて名前はルシアさんとルチアさんとルキアさん。四人は私が小さいころから面倒を見てくれていて私も実の兄や姉と思って育ってきた。


「おはよう、お姉ちゃん」


「あ、おはよう。今日はまた市場に寄ってから帰って来るからね」


一階へと降りてくると姉はリビングにいて笑顔で挨拶をする。


「うん。今日こそは踊り子のお仕事見つかると良いね」


「探してるけれど全然……とりあえずご飯食べたら行ってくるわね」


「うん。すぐに朝食を作るからね」


私達は軽く会話を交わすと朝食の準備に取りかかった。世界中を飛び周り家を空けることの多い両親に代わり姉と交代で家の事をやっているのだ。


言い忘れたが母は踊り子で父は演奏家。世界中から仕事の依頼を受けてこの家にはあまり帰ってこない。そんな母に憧れて踊り子を目指すのが私の姉ティアさんだ。


母の教えの通り一人前の踊り子として認めてもらうためにお仕事を探しているのだが、いまだに踊り子として雇ってもらえそうなお店はなかなか見つからないのである。


それから朝食を済ませると姉が家から出て行き、特にやる事のない私は図書館で借りた本を読み過ごす。


今日こそは姉から「仕事が見つかったよ!」という声が聞けるだろうかと期待しながらティアさんの帰りを待った。


*****


ティア視点


 そのころ家を出た私は今日こそは踊り子の仕事を見つけてみせると息巻いて町へと繰り出したのだが、結局見習いの踊り子を雇っているお店や団体などの募集はなく仕方ないので市場で買い物をしてから家へと帰ろうとしていた。


「……くぅぅ~ん」


「え?」


その時薄汚れた焦げ茶色の物体がよろよろとした足取りで私の前へと現れる。


私は驚いてその物体をまじまじと見つめた。


「犬?」


「わん、わわん!」


現れた物体はシェパードっぽい犬で、私に気付いたその子が何かを必死に訴えかけるように吠える。


「もしかして迷子?」


「くぅぅ~ん」


私の言葉に違うとばかりにしょげ返る姿に捨て犬だと判断した。


「このまま放ってはおけないし、ねぇ、君。うちに来る?」


「……わん!」


私の言葉を理解したのか犬は嬉しそうに吠える。


「よしよし、大分汚れているわね。家に帰ったら洗ってあげるね」


「くぅぅ~ん」


私はその犬を抱き上げると優しく撫ぜる。犬はなぜか困った顔をしているように見えたけどきっと私の気のせいよね?


それから市場で買い物を済ませると犬を連れて家へと戻って行った。


*****


 それから何時間か経過したころ玄関から音がする。


「お姉ちゃんお帰り……わぁ?!」


「すごくかわいいでしょ? 仕事を探していたら彷徨っているところを見つけて連れて帰ってきちゃったの」


玄関に出迎えに行くとケージの中に焦げ茶色の犬が入っていて、それを見て驚く私に姉が言う。


「それじゃあ、犬のケージは俺がリビングに運んでおくから」


「はい、有難う御座います」


ルチアさんのお父さんが言った言葉に姉が返事をする。


「市場に買い出しに行ったら大量の食料と犬を抱えて困っているティアを見かけたから声をかけたの」


「それで犬を飼うならケージが必要だっておじさんから教わってゲージも購入したんだけど余計に家まで運んでいけなくなって、おじさんの馬車でここまで運んでもらったのよ」


どうしてルチアさん達がここに居るのか不思議にしている私に説明してくれたので納得する。


犬のケージや買い物袋をリビングへと運び終えると姉はルチアさん達を見送りに外へと出て行った。


私もいつまでも玄関に立っていてもしかたないので今日から家族になる犬に挨拶しようとリビングへと向かう。


『……これからどうしたものか。餓死や獣の餌にならずにすんで助かったが、このままというわけにもいかない。やはり事情を話すべきか……いやいきなり話すわけにもいかないし、もう少し様子を見た方が良いだろう』


リビングの扉の前へと来た時中から男の人の声が聞こえてくる。


『っ! 誰か来たか……』


男の人がそう言うと部屋の中から声はしなくなった。


「……」


部屋へと入るとケージの中にいる犬が困惑した様子で私を見てくる。


「犬さん。今日からよろしくね」


私がそう言って犬を見ていると何故かほっとした顔をしたように見えた。


それからすぐに姉がリビングへと入って来る。


「お風呂に入れてあげようと思ったけれど、この子お腹がすいているみたいだから、ご飯を先に作るわね」


「……ごくり」


犬をケージから出すと姉がそう言って微笑む。その言葉に犬はつばを飲み込んだ。


「ふふ、相当お腹がすいているのね。待っててすぐに用意するから。えぇっと……犬はドックフードだって聞いてるから、ドックフードを食べさせればいいのよね?」


「……」


姉の言葉に犬は落胆したような顔で項垂れた。


「!? ……私の言葉が解るの?」


姉の言葉に犬は数分考えこんでいるかのように黙る。


「……ドックフードは食べられない」


「!?」


犬の言葉に姉が心底驚いた顔をした。


「い、犬が喋った!?」


「え? お姉ちゃんも動物の言葉が分かるようになったの?」


一歩後ずさり困惑した顔をする姉に私も驚いて尋ねる。


私は幼いころから動物の言葉が分かるという特殊な能力を持っていた。その為周りの人達にも当然聞こえているものと思っていたのだが姉達には動物の言葉が分からないみたいで、それで私は人と違う力を持っていると知った。でも、今確かに姉は犬の言葉に反応していた。ということは遂に姉にも動物の言葉が分かるようになったのかも?


「ち、違うの。本当に普通に犬が喋ったの」


「え?」


姉の言葉の意味が分からず私はぽかんとしてしまう。


「俺は犬じゃない! ……と、言ったところで理解はしてもらえないか。まぁ、仕方ないな。目の前でいきなり動物が喋り始めたら誰もが驚くだろうから……やはりもう少し犬のふりをしておくべきだったか?」


私達を見上げて犬が独り言を呟く。


「いや、だがさすがにドックフードは食べられないし、消化できるかもわからないからな……」


犬は独り言を零し続けると溜息を吐き出す。


「え? それじゃぁ本当に普通にこの子はお喋りしてるの?」


姉が特殊能力を身に着けたのではなく本当に普通に犬が話していると知り今更ながらに私も驚く。


「いきなりで驚いただろうが、説明をする。ちゃんと聞いてくれるか?」


「「は、はい」」


犬が溜息を吐き出すと身を正し座り直すとそう言ってきた。それに私達は頷く。


話しによるとこの犬はもともとは普通の人間だったそうだが、何かの事情があり何者かに魔法をかけられたがそれが如何やら失敗してしまったらしく犬に姿を変えられてしまったのだとか。名前はフレンさんだと教えてくれた。魔法をかけられた理由は心当たりがないが元に戻る方法も分からなくて困っているらしい。


そこで私と姉で犬を……いや人間の男性を助けるため魔法や魔法使いについて調べる事となった。


「……おい。ティア、フィアナ。いるんだろう?」


「っ、誰か来たみたい」


一通り話を聞き終えた時玄関から声が聞こえてきて私達の間に緊張が走る。


「落ち着け。俺は犬のふりをしているから二人はいつも通りに対応して来い」


「「う、うん。分かった」」


うろたえる私達にフレンさんが優しく言い聞かせるように話す。それに返事をすると私達は普通の対応を意識しながら玄関へと向かう。


「は、はい……って、なんだルシアか」


「何だとは何だ? 人をさんざん待たせておいてその物言いはないだろう」


玄関のドアを開けるとそこには少し不機嫌そうな顔のルシアさんが立っていて、相手が彼であると分かった姉が脱力する。その言葉にルシアさんがさらに機嫌を悪くして腕を組んだ。


「ごめん。今ちょっと手が離せなくて……」


「ルチアから聞いている。犬を拾ってきたからそいつを飼うという話だろう。犬なんて飼った事もないのに世話をするというからそういうことになるんだろうが」


(また始まった)


目の前でお説教を始めるルシアさんの姿に私は苦笑する。


ルシアさんは姉の事となると過保護なほどお節介になるのだ。


(やっぱりルシアさんはお姉ちゃんの事が好きなんだな……)


昔からそうじゃないかと思っていた。姉の事となると見境が無くなるところを何度も目撃していたから。


(お姉ちゃんとルシアさんがくっつけばいいのにな)


私は妹として二人の恋を応援しようと小さい時から決めていた。


(あ、でもな。そうなるとルキアさんがかわいそうかな)


ルシアさんの弟であるルキアさんも姉の事が好きなのだ。昔から姉が怪我をしないように全力で守ったり、病気になったと聞けば危険な森へと一人で薬草を取りに行ったりと何かと姉のために動き回る人だった。


(ルキアさんとくっつく可能性もあるのよね……まぁ、私はどちらとくっついたとしても妹として応援するけど)


「……魔法や魔法使いについて知りたいだって? いったいなぜそんなことを知りたがるんだ?」


私が内心で呟いていると話はいつの間にか魔法や魔法使いの事についてになっていた。


「そ、それは……」


探るような目で見てくるルシアさんの言葉に姉は口ごもり悩む。


(本当のことは言えないもんね……)


私は内心で言うと助け船を出すために口を開く。


「そ、それは私がお姉ちゃんに頼んだの」


「何? ……何でお前が……どうしてそんなものを知りたいなんて思ったんだ?」


私の言葉にルシアさんが驚いて尋ねる。


「このペンダント……お父さんから貰ったペンダントには何か力があるって。私が大きくなったら教えてくれるって言っていたけど、私がそれを知る前にお父さんは亡くなってしまった。……だから私ずっとどこかにこのペンダントについて書かれた本がないか探してるの。それで魔法や魔法使いのことに行き付いたの。今まで見た事のない本になら載ってるんじゃないかと思って」


「……フィアナ」


私の話にルシアさんが考え深げな顔をした。


「そこまで言うなら魔法や魔法使いについて書かれている本を探しておいてやる。だけど、一般人に貸し出されている本だけだ。それでもいいなら館長に頼んで用意してもらっておく」


「あ、ちょっとルシア……」


何事か言いたそうな顔をしたルシアさんだったけれどそう捲し立てて言うと踵を返し歩き去る。姉が慌てて呼び止めるもルシアさんは立ち止まることはなかった。


「……その、俺のせいですまないな」


「!? ……フレンさん聞いてたの?」


フレンさんの声が直ぐ近くで聞こえたので振り返ると申し訳なさそうな顔の彼がいて、さっきの話を聞かれていたようである。


「その、聞くつもりはなかったが、扉越しにも声が聞こえていてな。さっきの男二人にとっては信頼できる存在だと話を聞いていてわかった。だが、俺が本当は人間だということをうかつに人に話されてはこちらとしても困るからな。今はまだ信用できるに値するかもわからない」


「あはは。……で、でもルシアさんは悪い人じゃないよ」


フレンさんの言葉に私は慌てて答えた。


「それにしても、う~ん。さっきのルシアという男……どこかで会ったことがあるような気がするが……気のせいか?」


「知り合いに似てるの?」


首をかしげるフレンさんへと姉が尋ねる。


「……う~ん。そう、かもしれない。同一人物だと断定はできないが、似ていると言えば似ている。そ、それよりも、俺のせいで二人には迷惑をかけてしまったな。見たところあの男とティア達は仲が良いのだろう?」


「うん。でもフレンさんが心配することはないよ。ルシアさんは本気で怒っているわけじゃないと思うから」


フレンさんが考え込む姿に私は大丈夫だと安心させるように話す。


「それより、ご飯の準備をしましょう。あ、それとフィアナ。これお母さんとお父さんからの手紙。さっきルシアが持ってきてくれたの」


姉が言うと手紙を私へと手渡した。


「どうして二人宛ての手紙がルシアの下に届くんだ?」


「よく分からないけれど、お母さん達の手紙はルシアさん宛てに届くの。内容は旅先でのちょっとした話とか帰るのが遅くなるとかってお話ばかりなんだけどね」


疑問を抱いたフレンさんが聞いてきたので私もよく分からないと答える。


昔からルシアさんの事を信頼している両親が手紙を彼宛てにして送って来るのだ。王宮で働く彼にとって忙しいのにもかかわらずわざわざ手紙を届けに来てくれる。でも王国宛ての手紙に紛れされる理由は今でもわからない。誰かに知られたくないことが書いてあるわけでもないというのに……その謎が解けることはなくいまだに解明されないままであるのだ。


その後リビングへと戻った私達だが途端に気が抜けたのかフレンさんが倒れてしまう。


どうやら体力の限界まで町の中を彷徨っていたらしく、安心した途端疲れがどっと出てしまったようだ。


「さて、遅くなってしまったけれどご飯にしましょう」


「フレンさん倒れちゃったもんね」


料理を盛り付けテーブルに並べた姉が言うと私も苦笑して答える。


「世話をかけさせてすまない……」


「スープなら飲めるかな?」


弱弱しい口調でフレンさんが言うと私は首を振って答え動けない彼の口へとスプーンを運ぶ。


「あぁ……ん、久々に食べたご飯のせいか今まで食べたどの料理よりもおいしく感じる」


「お代わりもあるから遠慮しないで一杯食べてね」


フレンさんが笑顔でそう呟くと姉が安堵した顔で微笑み言う。彼の顔色が少し良くなったように見えて私もほっと胸をなでおろした。


*****


≪ザールブルブ王国宮殿≫


「女王様! ご報告申し上げます。第一王子が乗った船が事故に合い難破したと連絡が」


「王子が乗った船が事故に合った……ですって?!」


慌てた様子で一人の兵士が部屋へと入って来ると礼もそこそこに目の前に立つ女性へと向けて口を開く。その言葉に女王と呼ばれた女性が驚く。


「……お母様」


「アレン……」


その時部屋の中へとそっと入ってきた少女のようにも見える少年が口を開いた。


その様子に女性が驚いてそちらへと向き直る。


「今の話は本当ですか? お兄様の乗った船が難破したとは……」


「……」


嘘であってほしいと願いながら尋ねて来た彼へと女王はただ静かに目を閉ざし首を振った。


「っ!?」


「待ちなさい、アレン。どこへ行くつもりですか?」


女王の言葉に少年が目を見開くと部屋から出ようとする。母親がその背へと鋭く声をかけ制止させた。


「ぼくがお兄様を探してきます。お兄様はきっとどこかでご無事で……」


「王子はどうなったのですか?」


「他の乗客や船員は皆助け出されましたが、第一王子のお姿だけ確認できなかったと……申し訳ございません」


俯き震えながら答えた彼へと女王は何も言わずに兵士へと向きやり尋ねる。それに兵が話した。


「アレン、聞いたでしょう。今この国は国王が亡くなり時期王となるはずだった王子も行方不明。そうなれば他国が我が国の政権交代に乗じて攻め入って来るチャンスととらえ、この国は戦場になるかもしれません。貴方までこの国からいなくなってしまったら他に誰がこの国を護るというのですか」


「お母様……」


再び息子へと向き直ると言い聞かせるかのように話す。その言葉に少年は不安そうな瞳で何事か言いたげに母親を見詰めるが黙り込む。


「このことを他国に知られるわけにはまいりません。他国に気付かれないようひそかに王子を探さねばならないのです。……カーネル、ベルシリオ。一刻も早く王子を探し出すのです」


「御意」


「アレン様。王子様の行方を必ずや探し出しますので、どうか落ち着いてくださいませ」


女王の言葉に騎士団隊長の男が返事をすると魔法使いの男性が王子に言い聞かせる。


「カーネル……お兄様がご無事か分からないのですか?」


「申し訳ございません。……探知魔法では見つける事が出来ませんでした。海の上を漂っているのだとしたら遠くへと流されてしまっている可能性もありますので、範囲を広げて探しているところで御座います」


彼の言葉に男は申し訳なさそうな顔をして答えた。


「事は一刻を争います。至急捜索隊を派遣するのです」


「「仰せのままに」」


女王の言葉に騎士団隊長と魔法使いの男は返事をする。


ザールブルブ王国でひそかに行方知れずとなった王子を探すという騒動が起こっていることに平和な隣国に住むフィアナ達はまだ知る由もなかった。

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