凡庸の殺意

かなた

一話完結

目の前には、赤黒い水溜りと、さっきまで明るく振舞っていた女性の体。生を奪われた彼女はもう動く気配はなかった。警察には、他のバイトが既に通報している。このファミレスは町から外れたところにあり、到着には時間が掛かる。その間、店内で始まるのは、疑心暗鬼になった者たちによる、犯人捜し。人狼ゲームのようなものが開催されていた。

 

「サイトウさんは、なにしていた?俺が少し目を離した間にいなくなっていたけど。」

店長にまず疑われたのは、キッチンで焼きを担当しているサイトウさんである。フリーターで、勤務歴は最年長である。無愛想ではあるが、慣れてくると優しいと評判な人だ。

「え、白にいってました。」

白とは、お店の隠語でトイレという意味である。

「ホントっすよ。俺も行ったんすけど、タイミング被ったんで。」

サイトウさんのアドリブを証明したキムラは、けだるそうに頭を搔いている。遺体発見時、一番ビビっていたくせに、もう帰りたそうにしている。

「そういう店長はなにしてたんすか。ホールでは見ませんでしたけど。ずっと俺とヤマノさんだけでしたが。」

「裏にいたよ。シフト組んでた。」

私のアリバイも証明してくれたキムラが店長を訝しんだが、店長もそれらしいことを返した。殺されたコバヤシさんが倒れていたのは、食材を置いてある場所である。キッチンとバックルームの間の通路にある窪みに扉が二つあり、冷蔵庫と用具入れになっている。あの窪みを倉庫と総称している。人一人が寝っ転がっても、足がはみ出るくらいの広さしかなく、はみ出していた靴を店長が見つけた。

「サガワさんは?どこに?」

ショックを受け、黙って座っていたサガワさんに、質問の矢が向いた。さっきまで叫んでいた彼女はまだ震え、またすぐ泣いてしまいそうだ。

「…仕事してましたよ。サラダの仕込みしてました…。」

震えた声で答えた彼女は、答えてまた俯いてしまった。今更ながら、開店前でよかった。お客さんが入っているときに起きていたらと思うと、混乱も招く。

「そいえばサイトウさん、コバヤシさんと昨日の閉店後言い争ってなかった?」

昨日は私も出勤していた。確かに口喧嘩のような声が聞こえたが、忙しくて疲弊した私はすぐに帰ってしまった。

「別に。提供を雑にするのはやめてくれって言っただけです。毎回盛り付けが崩れてたので。それでクレームもあったじゃないですか。それを言ったら、たかがバイトなんだから別にいいでしょって、言い返されたから少し怒っただけです。」

コバヤシさんの勤務態度は、良いとは言えないものだったのは確かだ。掃除も雑、片づけたはずのテーブルはほぼ毎回油汚れがある、返事もろくにしないなど。手を抜いた仕事をしているキムラのほうが丁寧なくらいだ。

「そんなことで殺す人じゃないでしょ、サイトウさんは。それよりもやっぱ、店長のほうがどう考えても怪しいです。」

フォローをいれたキムラは、ずっと店長を睨んでいる。一番発見場所に近く、人目についていなかったのは店長だ。誰から見てもそう映るのは仕方ない。

「そんなこというなら、ヤマノさんも一瞬ホールからいなくなってたよね。」

急に自分に矛先が向けられ、豆鉄砲くらったような表情になってしまった。三人の視線が自分に集まる。喋らなければ疑われる。殺伐とした空気に押しつぶされそうになりながらも、必死に弁明した。

「私は先に賄いを決めに行ってたんです。いつものことじゃないですか。」

出勤するときはフルタイムが多く、毎回開店前にキッチンを眺め、賄いを決めてから仕事するのが日課になっている。ご飯と給料だけが、バイトでの楽しみだ。それぞれが当時の行動を口にした後、場は少し沈黙した時間が続いた。やはり自分を含め、皆まだ混乱している様子だった。キムラだけは、店長に向けた視線を外さずにいた。


 沈黙してから二十分、警察はまだ到着していない。全員精神的に消耗していた。まだあの通路には、遺体が転がっている。それが怖くて、誰もその場から動こうとはしなかった。

「とりあえず落ち着こう。ほら、これでも飲んで。」

空気を和ませようとした店長が、全員分のコーヒーを入れてきた。だが誰一人として、手を伸ばそうとはしなかった。自分も、とてもそんな気分ではない。

「ありえないでしょこんな時に。ティータイムですか?状況わかってます?」

煽るようにキムラが苦言を漏らす。キムラは完全に、店長が犯人だと確信しているようだ。舌打ちを残して、彼は外の空気を吸いにいった。サイトウさんが帰っちゃダメだよと声をかけると、返事代わりに手を軽く振って出て行った。

「警察遅すぎ…。」

少し落ち着きを取り戻したサガワさんが、警察への不満を漏らした。だがここは田舎町で、最寄りの交番でも四十分はかかる。これには仕方がないとしか言いようがなかった。

「ヤマノさんってさ、コバヤシさんと仲良くなかった?」

サイトウさんが、俯いたまま尋ねてきた。彼女とは仕事上では不満はあれど、好きな音楽や、男性容姿のタイプなどは同じだった。服のセンスは違ったが、以前は二人でよく月一は必ず遊ぶほどの仲ではあった。

 「まあ、確かに仲良い方ではありましたけど。でも最近はそれほどでも。コバヤシさん彼氏できたっぽくて、そっちに時間割いてたので。」

「ああ、そうなんだ。」

建前上はこういったが、実際のところは違う。私に彼氏がいないのをいいことに、男からのモテ方的なことを語ってくるのに嫌悪感を抱き、少しずつ自分から距離をとっていた。私には好きな人がいたし、彼氏は欲しいとすら思っていない。その旨を伝えても、強がりと突っぱねられるのが鬱陶しくて仕方なかった。そのうち、その話を聞く度にストレスを感じてしかたなかった。

「そもそもコバヤシさんはあそこでなにやってたんだろう。」

倉庫でやることなんて三つくらいだ。納品された食材の整理、使う食材を取りに行く、夜に行う発注。今は朝だし、整理は最初に到着していた店長とサイトウさんが終わらせていた。しかもコバヤシさんはホール担当者だから、この時間コバヤシさんがあそこに行く理由は無い。その疑問が浮上してから、場はまた静まり返った。ミステリードラマとかではこういう場合、大体誰かに呼び出されていたというのがお決まりではあるが。あそこはちょうど監視カメラがない。つまりは証拠が現状どこにもないのだ。凶器である包丁しか。

「誰かに呼び出されたのかもしれないすよ。もしかしたらですけど。」

いつの間に戻ってきていたキムラが私の頭の中を言葉に変換した。意を決した顔をしたキムラがそのまま話を続ける。

「俺はやっぱり店長だと思います。」

場の空気が凍った。店長は驚き、他の二人は固まり、キムラは店長を指を真っ直ぐ指し、その眼差しに曇りはなかった。

「俺知ってんすよ。店長は仕事上、コバヤシさんに注意してることは多くても、かなり気に入ってましたよね。それに、奥さんもいるくせに告ったことも本人から聞きました。」

全員の視線が店長に集まる。彼が年下好きなのは知っていたが、そこまでとは。意表を突かれ、注目を浴びた本人は、必死に弁明しようとしたが、その動揺様がキムラの発言の信用性を高めていた。

「違う、違うよ。大学上がったとはいえ、まだ未成年には手出さないよ。そっそれに、そんなの動機にはならないだろ!」

サガワさんが、最低と小さな声で囁いた。それがトドメになったのか、店長は椅子に野垂れかかった。追い込まれている彼を尻目に、キムラの話は続く。

「振られてから、あからさまに態度変えましたよね。シフトの数、𠮟責、本人が関係ないクレームをあたかもコバヤシさんのせいにしたり、あげくにセクハラまで。一週間前くらいに聞こえたんすよ。裏から親と会社、店長の家族に言いつけるって、コバヤシさんの声が。店長はそんなことしたら痛い目に合わせるって怒鳴ってましたよね。」

今の発言には全員心当たりがあった。二ヶ月前くらいから店長はコバヤシさんの扱いが乱雑になっていた。聞こえる大きさで愚痴っていたりしていたし、彼氏とは毎晩ヤッてるんだろうなあとかぬかしていた。コバヤシさんはそれで随分参っている様子だったのを覚えている。休憩が被ったとき、コバヤシさんがこぼした言葉が頭の中でこだまする。

「なんで私ばっかりに当たるの…。もうやだ…。」

その時、私は声をかけられなかった。薄い同情をすると、かえって傷つけると思い、聞かなかったふりをしていた。冷たい人間だと思う。あの時、勇気を振り絞って声をかけていたらと思うと、悔やまれるものがある。

「痛い目に合わせた結果、こうなったんじゃないんすか。」

核心を口にしたキムラは、早く答えろという催促の眼を店長に向けていた。私も、他の二人も、唾を飲んで店長を見つめた。


「…彼が言ったことは全て本当だ。殺してやりたかったよ。俺は勇気を出して本心を打ち明けた。だが彼女はなんて言ったと思う!」

怒りと憎悪を露わにした店長は、椅子を蹴り飛ばし、虚空に言葉を叩きつけていた。

「は?なんで既婚者のおっさんと。ありえないでしょ?だってよ!バカにしやがって!本気で殺してやりたかったさ!だけど、そんなことで殺すわけないだろ!法律がなければ殺ってやったのによ。俺にも家庭があるんだよ。」

全員が呆気にとられていた。今の発言のどこにも同情はできないが、この怒りは本物だろう。それは誰もが感じていた。店長は今にもキムラに殴りかかりそうな勢いだ。キムラは彼の変わり様と迫力に驚き、へたり込んでいる。態度はでかいが、キモは座れていないようだ。

「店長、わかりました。落ち着いてください。」

サイトウさんが店長を落ち着かせようと仲裁に入ったが、不機嫌になった彼は大きい舌打ちを打って裏に行ってしまった。

「こうなると、いよいよわからないな。」

サイトウさんが振り出しに戻ったことを代表して告げた。そもそも犯人なんて警察がすぐ見つけるだろうから探さなくてもいいのに。だが、この中に殺人犯が紛れていると思うと、安心なんてできないのは誰もが同じだろう。

「あっ…。」

黙っていたサガワさんが、なにかに気づいたように顔を上げた。彼女は天井を見回して、なにかを確信した様子だ。

「以前バックルームでバイトの財布から金が減っているという話があったんですよ。その時、バックルームについてる監視カメラを確認したんです。結局その犯人は分かってクビになりましたけど。で、私も一緒に見たんですけど、確か倉庫の入り口がギリギリ映っていたような…。」

その話を聞いて、全員がバックルームへ足を向けた。倒れているコバヤシさんから目をそらし、鼻をつまんで。未だ不機嫌な店長が、足を組んで鎮座している。

「なに。」

サイトウさんがサガワさんの言ったことを伝えた。さっそく店の監視カメラにアクセスして、録画されている今朝の映像を探す。

「ちょっと待って。」

言い出しっぺのサガワさんが、作業を一時中断させる。彼女は全員からずっと距離をとり続けていたが、さらに遠くなっている。

「私、ホールにいていいですか。」

「なんで?」

サイトウさんが首をかしげる。だが、私もどちらかというと彼女側に行きたい。なにかあったときに、すぐに逃げれるように。

「この中に犯人いるかもしれないんでしょ。なら、目の前で証拠が流された犯人がなにするかわからないじゃない。」

それだけ残して、怯えた彼女は颯爽とホールに消えていった。私も行こうとしたが、店長に止められた。もし彼女が犯人だった場合のことを考えてらしい。かといって誰かのそばにいるのも気が引けたので、裏の出口に近いところから見ることにした。

「流すよ。」

サイトウさんとキムラが頷いたのを確認して、店長は再生ボタンをクリックした。更衣室から出てくるコバヤシさんが映る。彼女はまだ、生きていた。髪型を直して、化粧を確認し、リップを塗っていた。

「今日も店長いるんだ…。早く辞めたいなあ…。」

映像上の彼女が、そうつぶやいた。かなり精神的に消耗しているのが伝わってくる。本当に綺麗な顔をしている。まだ生に満ちあふれていて、絶望している表情を浮かべている。

「ヤマノさんがいるのが救いだなあ…。」

映像上はサガワさんの言う通り、ギリギリ倉庫の入り口が映っている。そこでサイトウさんと挨拶して、ピアスを外すよう注意され、またカメラの近くに戻ってくる。ネックレスを外すか悩み、ボタンを閉めて誤魔化した彼女は、また倉庫に近づく。次に映った人物を見た瞬間、全員の視線が一箇所に集まる。その時には、私の体は既に動いていた。


 「あ、こっちです!」

外の空気を吸っていた私は、ようやく見えたパトカーに必死に手を振った。三台ほどのパトカーが止まり、ぞろぞろと警察官が降りてくる。

「大変お待たせしました。現場は。」

「店内の奥です。」

警察官が店内に流れ込み、私も続こうと扉を開ける。その時、裏口が開くような音がした。

「怪我人がいる!救急車!」

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凡庸の殺意 かなた @Layla_32

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