会いたくて、謝りたくて 完

朝香るか

宰相様に会いたくて

 会いたくて。謝りたくて。

 大抵『あの人』が謝っていた。私はそれに慣れすぎて、私は……


 ☆☆☆

 自分の意見を曲げることができない勇気のない奴。俺が折れてやらなければ、アイツは壊れてしまうだろう。

 だけど、どうしていいかわからない。俺もまた不器用なのかもしれない。

 混沌の中で、やっと出た答えはアイツを傷つけてしまう。けれど仕方なかった。

 ☆☆☆

 これはあいつと私が出会う前のこと。

 私は孤児で何も知らなかった。

 迫害を受けていることも国もなるたちも。

 そんなとき彼はふらりと現れた。

「何してんだ?」

「サミシイ」

 私は雪の降る山村で捨てられていた。

 口が思うように動かなくて間抜けな声しか出ない。

「サムイ」

「寒いのか? 平気か」

 地方では食糧不足から正確な言葉さえ教えられずに、

 山村に捨てられた子供は数多い。


 その子供たちが誰かに見つけてもらい、新しい人生を歩むものは皆無だった。

 絶望的な状況で私の手を握ってくれたのは彼だけだった。

「じゃあ。行こうか王都へ」


 何も知らなかったのに彼の手を取ったのはなぜだったのだろう。

 その後知ったことだが彼は誰もがひざまずく地位についていた。

 彼はこの国で2番目に偉い宰相様だった。

 連れていかれてからすぐに私は宰相である世話係に任じられた。

 彼とは事あるごとに反発して喧嘩になることもあった。


「ですから、大人しくしていてください」

「嫌だ。また旅をす。お前のような食えない人を救うんだ」

 まったくもって勝手な拾い主である。

「いいから、この紙の束を処理してください」

「うるさいぞ。命令は聞かぬ」

「主上からのご命令でございます」

 彼が苛立っているのはわかったから私は茶菓子を用意して、机に置いた。

「こんなものしかないのか? 好きなものがないではないか。つくれ」

「もう材料がないのでは。息抜きにと思って用意いたしましたのに」

「もういい。下がれ。これ以上部屋に居るなら処罰するぞ」

「意味分からないです。こんなにも高級なお菓子ですのに。目くじらたてないでいただきたい! 宰相様にはこんなものだって感じになられるでしょうけれど。これにだってお金がかかってるのです。お金持ちのあなた様にはお分かりになられないのでしょうね」

 おこる私を振り払い、彼は宣言した。

「もう良い。不敬罪で処罰せよ」

「なっ」

 絶句したところで護衛官を呼ばれてしまい牢に放り込まれた。


 氷よりなお冷たい。冬だというのに火桶も明かりすらなくて、ただ漆黒の闇が広がっている。

 あまりの寒さに体の感覚が麻痺しても、私が思うのはただ1つだけ。

 『あの人』の目を見て、謝りたい。もっと言い方あったはずなのだ。


「それが出来れば苦労はしないわよね」

 なにしろ、ソレに失敗して今、閉じ込められているのだから。


「誰か助けてくれないかな?」

 虚しい独り言は闇に吸い込まれた。

 不意に人の気配がした。


「こんなところに寂しい人がいるなんてな」

 その声の主は宰相に従い、私を牢屋に放り込んだ監視役であった。


でね」

「あの方からの伝言だ。『今日で最後だ。さよなら、元気で』だそうだ」

 紙を示すも、彼女は受け取ろうとしない。


「……独りで決めて勝手に解決する癖は直したほうがいいと思うわ」

「それは激しく同意するが、仕方ないことだ」

 

 これは提案ではなく、決定だ。

 覆させるならばそれなりの行動が必要なのだ。

 もっとも、私には逆らえはしないの。

 本気になれば簡単に覆るのだろうけれど……

 追放という判断はできてもそれ以上のことはできまい。

 私には傍系の王族という血統で守られているのだから。


 彼女はそんなことを考えながら、眠りについた。



 

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