星空を繋ぐ日

宇佐見凪

第一章:今年の年賀状

『明けましておめでとうございます。謹んで新年のお祝いを申し上げます。高校での生活はいかがでしょうか? ところで、突然のことで申し訳ないのですが、もしよければ都合のつく日に、どこかでお会いしたいです。何か連絡手段はありますでしょうか。手紙を送ってもらってもかまいません。お返事をお待ちしています。今年も益々のご健勝をお祈り申し上げます。広田直繋 平成十八年元旦』


「……え、なんだこれ」



待ちに待った、と言うほどでもない、なんとなく来たような正月。空は新しい年を出迎えるようにからりと晴れ渡り、つんと澄んでいる空気の中で、子供たちのはしゃぎまわる声が散らばっている。しかし、上川かみかわ家では、元旦でも変わらずこたつで丸くなる三つの姿があった。

「ほら、これ淳也じゅんや宛のよ」

年賀状の束をだらだらと分けていた母親が声をかけた。ありがと、とつぶやきながら、淳也は突っ伏していた頭をもたげる。差し出された薄い束を見て、淳也は顔を凍らせてしまった。片手で数えられるくらいのそれを引き寄せると、高校の友達の名前がちらと見える。去年までは地元の小学校、中学校の友達から送られたため、それなりな数があった。しかし、電車で一時間半はかかる遠い高校へと通い始めた淳也にとって、それまでの便りがなくなると、一気に期待できる数が減ってしまうのだ。

「まあ、高校に入ったら、今までの交流もなかなか続かないよな」

やや弁明気味なことをぶつぶつと言いながら、差出人の名前に目を通していると、探していたものを見つけた。広田直繋ひろたなおつぐ。ふっと微笑みながら、淳也はこれを裏返した。

「……え、なんだこれ」

自然、ぽろりと言葉が零れていた。何ということもない年賀状かもしれない。文中で連絡を求めてくるのは、新年のあいさつとしては少しどうかと思うが、それ以外は何の変哲もない。二人を知らない人が見たら、そう感じるのだろう。しかし、淳也にとっては大問題であった。

直繋は、淳也の幼稚園からの親友。いわば幼馴染みだ。普段の会話はもちろんのこと、少し改まった年賀状でも、口語でやり取りをしていた。それなのに、いきなり目上の人にでも書くような、敬語をふんだんに使った年賀状。いくら高校に入って疎遠になったとしても、違和感がぬぐい切れない。それに、最後の方の『何か連絡手段はありますでしょうか』という一文。淳也からすれば、当たり前だろうという答えしかない。LINEでメッセージを送ってくれてもよいし、電話だって構わない。

「スマホの使い方、忘れたのか?」

言った後で、ふっとため息が漏れる。そんな冗談が出てくるくらい、馬鹿らしい質問だった。

「……どうしちゃったんだろう」

あまりのことにこたつの魅力は忘れ、LINEでもしようかと、冷たい階段を上って自分の部屋へと向かう。その道すがら、ふと手にある問題の一枚を眺めたとき、もう一つの違和感を見つけた。先程は表面おもてめんをしっかり見ておらず気づかなかったが、差出人の住所が、何故か今までと異なる気がするのだ。

別に覚えているわけではないから、定かではない。そう自分に言い聞かせながら、淳也はせかせかと足を速めた。


一人っ子である淳也には、かなり小さい頃から自分の部屋が与えられていた。フィギュアや落書きなど幼少期の面影が残る部屋には、ベッドと本棚、そして学習用の机が一つ。それが主な部屋の構成だった。机の縁に手をかけ、がらっと引き出すと、そこにはよくある汚らしい引き出しの中身がある。その一角に、これまでもらった年賀状がまとめられていた。

淳也は手を伸ばし、迷わず一番上のものを取る。幼馴染みの直繋からの年賀状は、毎年一番上にして保管していたのだ。

手元の、今年の一枚と並べてみると、違いは一目瞭然だった。

「やっぱり、住所変わっているじゃないか」

市町村は、以前と変っていないようだ。しかし、番地はすっかり変わっていた。普段から、出かけるときはマップアプリ常用の淳也にとって、番地でおおよその位置を特定することはできなかった。

とりあえず連絡は取っておこうと、机の上のスマートホンを手に取り、LINEを起動する。昔、二人で撮った写真をまだアイコンにしている直繋とのトークルームを開くと、最後に会話をしたのは去年の十月となっていた。最近は連絡を取っていなかったことに少し罪悪感を感じながらも、心配を抑え、明るい口調でメッセージを送る。

『久しぶり! 元気してる? 年賀状ありがとね。こっちのも届いたかな。ところで、急にあんな改まってどうしたの? 住所も去年のと違うみたいだし。何かあったの?』

疑問符の多くなってしまった長文に苦笑しながらも、しょうがないと割り切ってこれを送信した。連絡をくれと言っていたのだから、じきに返信がくるだろうと、淳也はベッドに寝そべってSNSで暇をつぶすことにした。



二十分後。なかなか返ってこないメッセージにじりじりとしていた淳也は、ついに電話をかけることに決めた。大袈裟かとは思ったが、向こうから連絡を求めているのだ。それに、幼馴染みの声を久しぶりに聞きたくもあった。

LINEの音声通話を繋ごうとするが、呼び出し音が鳴り響く中、直繋の出る気配はない。

「スマホ忘れて、どこか出かけてるのかなぁ」

そんな想像をしてみたが、直繋の几帳面な性格を思い出し、すぐに振り払った。今日という日にピンポイントで忘れたとは考えづらい。どうしようもないし、返信を待つしかないか。

ベッドから起き上がり、机にスマートホンを置こうとしたときだった。ふと、画面の端に追いやられた、デフォルトの電話アプリが見えた。普段から電話をしたいときはLINEを使っていたため、このアプリが登場する機会はほぼない。何故これを使おうと思ったのかはわからない。ただ、ふと思い立ってアプリを立ち上げ、遠い昔に直繋の番号を登録していたことを確認し、電話をしてみたのだった。

トゥルルル、トゥルルル……。機械的なコール音が耳に響く。そのときだった。

『――お客様のおかけになりました電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直しください』

思わず、耳から話した画面を凝視していた。しかし、そこに今の胸騒ぎへの答えがあるわけではない。声も出ないまま固まっていた淳也の手元からは、妙にしんとした部屋に不釣り合いなアナウンスが鳴り続けていた。

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