第2話 照る照る坊主は物申す


「ふざけるな、不法侵入だ、出てけ」


 窓を開けて、坊主の袈裟を握って引っ張ると坊主は私が握っている袈裟の部分を綱引きみたいに引っ張った。


「拙僧、濡れるのは嫌なので!」

「私は不審者が自分の部屋にいるほうが嫌だけど⁉」


 どう考えても私よりも大きな身体の照る照る坊主にはかなうわけもなく、坊主は私の部屋の真ん中で正座をした。


「拙僧、困っているのです」

「いや、私も困ってるんだよ」

「最近、拙僧に対する世の中の態度がひどいと思うのです」

「いや、知らんがな」


 私が坊主の磨けば光りそうな頭をはたくと楽器のようにいい音がした。


「まず、扱いがなっておりません! 拙僧は晴天祈願のために作られるのですよ! 人形ひとがたはお願いをしたら川に流す、精霊馬はお盆という特別な期間に飾ってもらえる! それなのに、てるてる坊主はどうです? 作って次の日晴れたらゴミ箱にホールインですよ⁉」


「いや、人形ひとがたも捨てられてるし、精霊馬もきゅうりとなすで作るから放置してたら食えなくなるから捨てるしかないし……結局捨てるじゃん」

「捨てるまでの過程が大事だと言ってるんです!」


 目の前にいるつるぺか坊主が自分のことを、てるてる坊主だと言いたいことは分かった。昔から、たまに変なものが見えたりするが、まさか、中学生になってまで自称てるてる坊主を見ることになるとは思わなかった。


 こういう類の奴はだいたい話を聞けばなんとかなるはずだ。


「だったら、どんな過程だったら満足するんだよ」

「たとえば、数日飾ってもらえるとか」

「いや、次の日晴れたらてるてる坊主を飾る意味もないじゃん」

「晴れたら、晴れにしてくれてありがとうとてるてる坊主に拝めばいいのです!」

「うわ、図々しいな、この坊主」


 坊主の声は思っている以上に高くて、坊主が叫ぶとキンキンと私の頭に坊主の声が響いた。


「そもそも、最近の人々はおかしいのです! 何故か、てるてる坊主を作る頻度が落ちています!」

「そもそも、てるてる坊主っていつから作られてるんだよ。ティッシュとか、昔なかったじゃん。昔よりも今の方が作られてるんだから、文句言うなよ」

「いや、それでも、年々作られなくなってるんです!」


 坊主は前のめりになって、顔を覆うとおめおめと泣き出してしまった。


「最近は、お願いすれば晴れにするという能力を持つ少女が話題になったせいで、我々の専売特許が奪われてしまったというのに」

「それ、たぶん、映画だし、その映画でもてるてる坊主とか出ていたと思うけど?」

「とにかく、作られなくなったんです!」


 人の話を聞かないな、この坊主。


「どうすれば、てるてる坊主は作られると思います? 拙僧、案を考えてきたんですよ」


 坊主はそう言うと先ほどまでの泣き声は嘘かのように顔をあげて、きりっと私を見た。


「まず、てるてる坊主の作り方を一新します。ティッシュなんて、いくらでも手に入るもので作られたらありがたみがありませんからね」

「じゃあ、なにで作るんだよ」

「鉄です」

「誰も作らねぇよ」

「鉄が駄目なら宝石を」

「もっとダメだわ」

「じゃあ、どうしたら作ってもらえると言うのです!」

「そもそも、てるてる坊主を作るなんて子どもしかいないんだから、ティッシュ以上のものだと子どもが簡単に作れないだろ」


 私の言葉に坊主はハッとして、また口をへの字に曲げた。


「どうして、大人は作ってくれないのです」

「大人は明日晴れか雨か気になったら天気予報を見るんだよ。お祈りなんてしないの」

「そんなぁ……っ!」


 今度はさめざめと泣き始めた坊主。

 もう付き合うのも面倒になった。


「そうだ! 我々も今時に合わせたてるてる坊主になればいいのです」


 今度はどんなことを思いついたんだと私が肩を落とすのを気にせず、先ほどまで泣いていたことを忘れたかのように坊主は笑顔になった。


「我々にプロジェクションマッピングなるものをすればいいのです!」

「どうして、てるてる坊主がプロジェクションマッピングに詳しいんだよ」

「壁や物に映像を投影できるのであれば、我々にもできましょう!」

「自宅でプロジェクションマッピングする人間なんてそういねぇわ」


 坊主はしゅんと項垂れた。


「そもそも、てるてる坊主なんてお手軽に作れて、お手軽に晴れをお祈りできるから子どもに作られるんだから、工夫しても意味ないって」

「ならば、どうして……我々は材質を変えなくても、今時になれなくてもいいのであれば、どうして、最近は作られる数が減ってるのでしょうか……」


 私は両腕を組んで考え込んだ。


 何故、てるてる坊主が作られなくなったのか。私はてるてる坊主がどれだけ作られているのか、調べたことはないが、自称てるてる坊主がそう言うのなら、まぁ、作られる数が減ったということにしておいた方がいいだろう。


 首を傾げていると、私はあることを思いつき、ぽんと手を打った。


「少子化だからじゃね?」

「……」


 坊主が口のへの字にしたと思ったら、だんだんと消えていった。足元からだんだんと薄れていったので、最後はつるぺかの頭を残して、消えていく坊主に私はどんな表情をしていいか分からなかった。


 つるぺかの頭も消えて、静かになった部屋を後にして、私は六歳の弟の名前を呼んだ。


「姉ちゃん、なに? 坊主いなくなった?」

「うん、いなくなったよ。明日、友達と遊ぶって言ってたよね。てるてる坊主作ろうよ」

「うん、作る!」


 明日の降水確率は四十パーセント。

 窓の傍に飾られたてるてる坊主がへそを曲げなければ、きっと晴れるだろう。

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てるてる坊主はつらいよ 砂藪 @sunayabu

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