河童

胡蝶花流 道反

第1話

 

 友人の沢田から話があると、放課後呼び出された。

 

 9月に入って尚、茹だるような暑さの日が続く。日陰に入っても熱気が纏わりつき、背中で汗が流れるのを感じる。

 グラウンドの向こう側にあるプールの建物が目に入り、今すぐ飛び込みたい衝動に駆られる。さぞや、さっぱりして気持ちいいだろうな…

 

「滝山、実は…」

 合流して暫く雑談した後、沢田が本題を切り出した。

 が、何か言いかけて止まってしまった。


「どうした、そんなに言いにくい用件なのか?」

「…うん……ええと…」


「金か?2000円までなら貸せるぞ。だが、必ず返せよ」

「違っ…」


「では、夏休みの課題がまだなのか?それとも、体育祭の種目変わって欲しいとか…わかった!クリスマスに向けて彼女作りたいんだな!」

「違ぇよ!いや、そうじゃなくて…」


「じゃあなんだよ。言ってみろって」

「・・・・・こだま」


「え!?」

「しりこだま!滝山、お前の尻子玉を抜かしてくれ!!!」

 そう言われた瞬間、俺は沢田の顔を思いっ切りグーパンしてしまった。




「痛ェなぁ…いきなり殴ることは、ないだろ」

「いや、殴るよ。突然尻子玉とか、訳分かんねえし。お前、暑さで頭やられたか?」


「正常だよ。ここだけの話だけど実は僕、河童なんだ」

「正常じゃねぇよ、お前!!!」

 さっきから沢田の言ってる事が支離滅裂過ぎて、俺の頭の方がやられそうだ。


「すまん滝山。つい興奮して己の欲望の儘にぶちまけてしまって」

 いや、そこを素直に謝られても困るだけだし。


「なあ沢田、俺にも分かるように順を追って説明してくれ」

「了解した。先ずは僕、河童なんだ」


「…今度は脳天に拳骨いれようか?」

「頼むそれだけはやめてくれ!頭の皿が割れちまう!」


「何処に皿があるって…何も無いじゃねえか」

 俺は沢田の頭をもしゃもしゃと弄り調べたが、別に変った所は見付からなかった。

「当たり前だろ、頭皮の下にあるんだからさ」


「へ?」

 河童といえば、頭の上部分にベタ~と皿状の不毛地帯があるのが、アイデンティティーなのでは?


「じゃあ、背中の甲羅は…」

「ああ、それは有事の時にしか着けない」

 着脱可能かよ!!

 

 俺の知ってる河童と全然違うんだな…気になるので、色々聞いてみた。


「やっぱ好物はキュウリなのか?」

「まあ好きだけど、焼肉やハンバーグとかの方が好物かな。回転寿司行ってもマグロやサーモンばっか食って、カッパ巻きは頼まないし」

 只の現代っ子じゃねえか!!


「相撲取って負けた人間を川に引きずり込むのは?」

「最近の河童は相撲なんて取らないよ。氷河期世代くらいから携帯ゲーム機の通信対戦、ゆとり世代はカードゲーム対決が主流だったかな」

 只の現代っ子じゃねえか!!(二回目)


「僕等より少し上の世代からスマホのイベランで決めたり、それからラップバトルやってるヤツもいる」

「おい、ラップバトルなんて実際にやってるヤツいるのか…で、負かした時は川に引きずり込むのか?」


「そんなことしないよ、犯罪じゃん」

「お、おぅ…」

 河童に常識を説かれてしまった。


「その代わり、尻子玉を抜く権利を頂くけど」

「えーーー!?」

 それは犯罪じゃないのかよ!!


「覚えてないかなぁ、滝山。小学校低学年の頃、一緒にゲームでよく遊んでたよね」

「もちろん!沢田、強かったよな~、俺しょっちゅう負かされてたな」


「その時、約束した事あったよね。この勝負に僕が勝ったら、大きくなった時にいう事をひとつ聞いて貰うって」

「え!?」

 やばい、全く覚えていない。あの頃は、沢田と一緒にゲームするのが本当に楽しくて、遊ぶ事に夢中で自分の興味のある話以外、まともに聞いていたのかどうか。


「そして、その勝負に僕は勝った。だからお前に要求する、尻子玉を抜かせてくれ!用事が終われば直ぐ返すから!」

「返す???…いやいや、抜いちゃあ駄目だろ!ってか、抜いたらどうなるんだよ、痛いのか?そして、用事ってなんだよ!」

 なんだ、尻子玉って、取って食うものじゃないのか?一度抜いても、また元通りになるものなのか?


「伝承で言われている通り、尻子玉を抜くと肛門の括約筋が緩む。あ、大丈夫、抜く時は左程痛くはない」

「ちょ、ちょっと待て…痛いとか痛くないとか以前に、俺のケ〇穴ガバガバになるじゃねぇか、どうするつもりだお前!?」


「そりゃあ…滝山、お前の✕✕✕に✕✕✕を✕✕して…」

「ストーーーーーップ!!!」

 なななな、なんて事言いやがるんだ、コイツ!(R15に引っ掛かるじゃあねぇか!!)


「お前の事が好きなんだ、滝山!頼む、想いを遂げさせてくれ!」

「それなら、もう一度だけ勝負をしてくれ。俺が負けたら今度こそ、言う事を聞いてやる」


「おい、約束を破るのか!?」

「種目は水泳だ。泳ぎの勝負で、どうだ?」

 俺がそう言うと、沢田は表情を変えた。


「僕、河童だよ?わかってんの?」

「ああ、それを承知の上で、だ」




 お互い服の下に水着を装着し、市内で一番大きな川に集合した。

 もう夕方だが、まだまだ夏の勢いを残した太陽の光が、キラキラと水面に輝いている。澄んだ水が冷たくて気持ちよさそうだ。


「よし、この辺の川幅なら、50mくらいかな」

「本当にいいのか、滝山?」


「ああ、俺の方から再戦を申し出たんだ。ハンデ付けないと悪いだろ?」 

「お前がいいのなら、まぁ…さあ、準備はいいか?」

「おう。いくぞ、よーいドン!」

 

 川に飛び込み、その勢いで水底近くまで潜水する。澄んだ冷たい水が、全身に染み渡る。

 

 ああ……やっぱり、気持ちいい……

 

 水の心地良さにうっとりするのも束の間、一瞬で向こう岸に着いてしまった。振り返ると、驚愕し呆けた顔でゴールしつつある、沢田が見えた。


「滝山、お前…」

「すまんな、沢田。黙ってたのは、悪かった」

 沢田の目線が、俺の下半身に注がれる。キラキラと輝く鱗に覆われ、その先には立派な尾びれが付いている。尚、海パンは何処かにいった。後で探さねば。


「ずるいぞ、人魚だったなんて。いくら河童でも、泳ぎで勝てる訳ないじゃん」

「いや、こうでもしないと納得しないだろ?」

 そう、実は俺、人魚だったのだ。なので、尻子玉なるものも、持っていない。




「なんか、本当に申し訳ない」

 色々と。海パンも水底から拾って貰ったし。

「…いや、いいよ。そうか、お前は人魚かぁ、仕方ないな。なぁ滝山…これからも、友達でいてくれるか?」


「ああ、勿論」

 俺としては、身近に人外仲間がいたという事が、とても喜ばしい。


「そう言えば滝山、知ってるか?」

「何を?」


「一組の水野、あいつな」

「ああ、水野がどうした?」


「あいつ、舟幽霊なんだぜ」

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河童 胡蝶花流 道反 @shaga-dh

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