2.聞いてませんが
「ワシワシ」や「シャアシャア」と人によって聞こえ方の異なるクマゼミが、母
暑い季節がさらに追い打ちをかけるようにどんどん気温が上昇しだす、日が昇った朝。汗が流れる背に制服のシャツがはりつく中、陰のない道を自転車で吹かない風を切って走る。うわ、あっつー。セミが鳴きだして、よけいに暑く感じるわ……。
今日の授業、というより今日一日のメインイベント『留学先の決定』が待ってるので、暑い中でもワクワクとドキドキが勝っているから自転車はスムーズに進んでいった。だって、共学か女子高かもわからないし、クラスメイトの誰と同じ学校に行くかも今日発表だから。楽しみやし、クラスで仲悪い人はいないけど……あんまり話さない子といっしょやと緊張しちゃうやん? ま、ふつうに話すけどさ。
ただ……うち数学が好きやから、数学ができるならってだけでクラスの三分の一もいない数学チームに入っちゃってさ。この数学チーム、なんと留学先でもそのままの数学をやるそうで。留学先で了承を得たのもごく少数の学校だけ。むしろ、よく日本の数学させてくれるよねって思う。だから他の留学先のところみたいに二人か三人に対して、四人か五人がいっしょの学校へ行くことになってるから――うちが行く学校は、人数多いのにはちがいないんだなー。さて、誰といっしょになるやろうか?
暑い中、信号に引っかかることもなかったので、気づいたらもう校門前。日陰がなかったから、早くつけてよかった。自転車を指定の位置に停め、ダッシュで教室へ涼みに行った。
昼休み。
お弁当を食べた後、いっしょに涼んでいたたからと「どこやろ?」「近かったらいいなあ」って話しながら、さっき自動販売機で買ってきた缶ジュースを飲みほす。たからは数学チームじゃないから、同じ学校になることはない。せめて北島か南島の同じ島内なら、行き来できるんやけどって思ってる……同じ島内でも、地区が同じじゃないとなかなか行き来もむずかしけど。
留学中は、基本
話しながら「行ってしまえば、やることはどこでもいっしょやわ」と気づき、予鈴に合わせて空き缶を捨てに行った。
午後一の授業。
待ちに待った発表は、一枚のプリント。ニュージーランドの地図に学校名、学校のある地域、いっしょに行くメンバーの顔写真。他のクラスとコースがちがうこのクラスは、卒業までメンバーは変わらない。だからもあるし、担任のかおりちゃんがこのクラスを大事にしてくれてるから、一枚の凝ったプリントで発表なのかもしれない――作ったのは委員長たちらしいけど。かおりちゃん、研究大好きリケ
プリントには地域はちょっと遠いけれど、たからと同じ南島へ行くことになっていた。やった! わりと近めや! これなら、手紙出してもすぐ着くわ。よかったー。
って安心していたら、かおりちゃんに「放課後、数学メンバーの中で四人、ちょっとお話があります」って言われて……その中にうちが入ってた。待って。呼ばれたメンバー、委員長とか内面しっかりしてる人らばっかやねんけど。うち行っても大丈夫なん?
こうして、あっという間に発表は終わり。その後の授業は、同じ学校に行くメンバーでの各学校のパンフレットや行く地域の紹介リーフレットを読んで過ごした。
で。放課後よ。
呼ばれたのは、いつもの英語皆無授業で使ってるプレハブ部屋。
口を尖らせてブー……って反抗しようとした時、「なんちゅう顔してんの」って言う委員長の後ろの引き戸が開いた。待っていたかおりちゃんと知らない人二人に、留学担当の責任者の梅やんまで来た。ねえ、本当に何事?
驚くうちらをよそに、先生たちは中に入ってすぐカーテンを全部閉めた。もちろん電気はついてるから、真っ暗ではないけれど。
立っていた委員長も座り、居住まいをただしたうちらを前に四人並んで話しはじめた。
「まず、梅田先生は知っているからいいとして。こちらのお二人の紹介です。政府から留学サポートとして派遣された伊勢さんと、えっと……」
「今は高原あすか、でいいよ」
「ということです!」
……うん。かおりちゃん、「ということです!」じゃあわかんないよ?
うちも委員長もあと二人も同じ顔してたんかな? 梅やんが補足してくれた。かおりちゃん、生物の授業以外心配しかないから。
「……大阪先生、あとは僕が説明しますよ」
「はい! お願いします!」
((((かおりちゃん……))))
1年4組は、担任が心配でしかたがなかった……はず。うちがそうやったもん。
気を取り直した梅やんが、何事もなかったかのように説明してくれた。
「んん。えー、こちらのお二人は『政府からのサポート役としてきた』とだけ、今は覚えておいてください。まず、なぜこのお二人が派遣されたかを簡潔に。実は、80年代~90年代にかけて突如地球のとある場所に『異世界へ通じる扉』が出現しました。これは、世界の主要国共通の機密事項です。この『異世界へ通じる扉』がここ
口から言葉にならない言葉がパクパクと抜けていくなぎさに、いつも笑顔のうしおは目がこぼれんばかりに見開いている。委員長のしららにいたっては、すごく胡散臭いわって目が物語ってる。うちは、そんなみんなをキョロキョロ見回すくらい動揺が隠せてない。『異世界へ通じる扉』って……いや、まず『異世界』ってあったんや。
ここからは私が、と紹介された男性の方が話しはじめた。あ、もう一人は黒髪美女。めっちゃキレイなお姉さんやで。ずっと見てられる。テレビとかに出てるモデルさんとか女優さんよりキレイやと思うわ。
「派遣員の伊勢だ。詳しい説明に関しては、後日君らの親御さんたちも交えて話す。質問等はその時にしてくれ。今日は、君ら四人が選ばれたということだけ覚えておいてくれ」
そうして伊勢さんが教えてくれたのは、地球と異世界の惑星ティエラはよく似ていること。よく似ているからこそ、お互いの星に必要な物と不必要なものを交換することで、お互いの星の発展につなげたいんだって。その交換方法が現地に住む人の移動で、うってつけだったのが『留学』。そこで『扉』持ちの国はティエラにある国々と交流しながら自国文化の繁栄につなげようと思い、それはティエラ側の国々もそうだったようで。10代~20代前半くらいの学生を対象として留学させることになったらしい。若者の柔軟な発想に期待しているんやって。なるほど……なのか?
うちら四人はニュージーランドへの留学がなくてもすでに英語が問題ないか、うちのように英語に興味がなくかつ異文化を学びたがっている、ということで選ばれていた。そう、異世界に留学するメンバーとして。うん、聞いてませんが。というか、話を聞く限り……国を背負う勢いやない? ムリムリムリ……。
頭を抱えて机へ突っ伏しそうなうちに、無情にも伊勢さんから新たな留学先が言い渡された。
「君らの留学先は、ティエラにあるアノーという国の
こうして突如変わった行先に放心しかけているうちらの呼び出しは、「後日、改めて話すから。内緒ね」とウィンクする高原さんの言葉で締めくくられた。美人って、何でもありやな。同性でも素直に返事しちゃうわ。
ちなみに。
「ニュージーランド組と同じように各教科の課題は持ちこみますよ」と、太陽に向かって元気よく咲くひまわりのように満面の笑みを浮かべた担任から決定事項を通達された。……それは、いらなかったかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます