きさらぎ駅員の任務

DITinoue(上楽竜文)

前編

『間もなくーきさらぎーきさらぎです。お出口は右側です。ホームとの間が広くなっておりますので、お足元ご注意ください』

 江藤萌えとうもえは普段着で移動していた。ただ、胸には萌が勤めている百目鬼鉄道どうめきてつどうのバッジが光っている。

『きさらぎー、きさらぎです。この電車は各駅停車ー月の宮行きです』

 萌は車両との間隔が広いホームへ降り立った。

 降りる人は私だけっぽい。

『発車します。扉が閉まります。ご注意くださーい』

 シューゴトッゴトッ。ガタッガタゴトッゴト……。

 電車は静かに駅を離れていった。


「やあ、君か。新人って。かわいいねぇ」

 と、駅舎の駅長室と聞いている方から誰か飛び出してきた。

「江藤萌ちゃんだね。よろしく」

 やってきた男は帽子を外してお辞儀をする。萌は顔を真っ赤にした。だって、この男性、めちゃめちゃイケメンだもの。

「え? 怖がってる? 大丈夫、君は誰も襲わないから」

 そりゃあそうだと思うけど。それに、怖がってるわけじゃないし。

「僕は、藤川新輝ふじかわしんき。ここの駅長だ。とりあえず、駅舎で着替えて来てくれる? 普段着で働かれたらお客さん……まあ、良いんだけど」

 新輝は何か言おうとしたが、口を閉ざした。

 よく分からないが、取り合えず萌は駅舎の個室に着替えに行くことにした。


 萌は元々、都市部のある乗換駅で仕事をしていた。

 駅員の仕事には切符や定期券の販売、改札での切符の確認、忘れ物探し、駅や路線の案内、改札でのトラブルの対処、体の不自由な人の介護、ホームでの監視……などがある。

 萌はそんな仕事をしていたのだが、トラブルの対処や定期券の販売、客の案内がまるでできなかった。乗換駅は人が多いからそれで戸惑う人も多かった。結果、こいつはダメだということで、半年で田舎の小さな駅に転任されたのだ。


 きさらぎ駅には、ある都市伝説がある。きさらぎ駅に着任した駅員が失踪したことがあった。そして、駅員が抹殺されたからだという噂が流れ始めた。まあ、しょせん噂だからと持ち前の度胸できさらぎ駅に電車で降り立ったのだけど。


「着替えましたー」

「ん。分かった。じゃあ、簡単に説明するよ」

 と言って、新輝がイスを持ってきて、着替えた部屋で説明を始めた。

「取り合えず、仕事は普通のことしてくれたらいい。でね、ただ一個特殊な仕事があるんだよね。で、ここの駅舎は駅員みんなの部屋があるの。家具もね」

「え……つまり、駅が家ってことですか?」

「そゆこと! 理解が早いね。ま、いわゆる共同マンションみたいなとこ。面白いでしょ?」

「ですね」

「まあ、そんなところ。取り合えず、今日は多分この駅に降りてくる人いないと思うからのんびりこの駅についての自分の気持ちとか書いといて」

「え、はい、了解です」

 新輝は何やらルンルンしながら出て行った。


 日記を書くと、駅長室に行って提出した。

「OK。上的。あ、お客さん来た」

 改札を見ると、痩せていて真っ青な顔になっている人がフラフラしながらホームにやってきた。

「おう。来た。まあ、大丈夫大丈夫。こういう人だからさ」

 どういうこと? あんなフラフラしてるのに大丈夫って?

 新輝が知ってる人なのだろうか。

 そう思って、思い過すことにした。




 しばらくの間、電車から降りてくる客はいなかった。

 たまにホームに上がってくる客はいた。だが、その客はみんな痩せていて、真っ青で、古着を着ていて、汚れていて、フラフラしている。明らかに尋常じゃない様子の客ばかりがやってくるのだが、新輝は

「大丈夫大丈夫。この街だから」

 この街だから? どういうこと。こんなお客さんを心配してあげないの?

 でも、他の駅員もそうそう、大丈夫大丈夫と首を縦に振るのだった。

 ねえ、この駅なんか変じゃない?




 ガタンガタン……ガタンガタン……カタン……。

 駅に電車が入ってきた。久しぶりの各駅停車だ。

 どうせ誰も降りてこないのだろうと思ってた。だが、予想に反して一人の青年が音楽を聴きながら降りてきた。

「よし、みんな。仕事だ」

「おう!!」

 私を入れずに五人ほどいる駅員が一斉に返事をした。

「あ、萌ちゃんは今日は見てて。取り合えず、何があっても駅員がやってる仕事から目を背けてはダメだ。分かったか?」

 はあ。まあ、要するにちゃんと仕事を見て勉強しろということだろう。


 中年の駅員が客に近づいていく。

 なぜか、吸血コウモリのお面を付けて。

 青年はそれに気づくとビックリして一歩下がった。

「大丈夫ですよ……」

 駅員は言うが、どう考えても大丈夫な雰囲気じゃない。

 青年が真っ青な顔で柵に背中を付けると駅員は行った。

「死ね!!」

 駅員はポケットから何か取り出した。なただ。

 青年に何も言わせず、腹をどつき、片腕を切断した。ブシュッと血が出る。

「うっ……」

 そして、青年を片手で抑え、もう片方で首の半分を切った。

「がっ」

 青年は血まみれの姿で倒れた。首が半分だけ繋がった姿で。そばにはスマホを持った片腕が転がっていた。

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