第24話 お兄ちゃん、碧の王子を諭す

「セレーネ様!! セレーネ様!!」

「あ、あれ……」


 目を覚ますと、僕はアニエスの腕に抱かれていた。


「良かった……。目を覚まされたのですね!!」

「ええ、アニエス、大丈夫です」


 グッと腹筋に力を入れて起き上がる。

 どうやら、慣れない力を使ったせいで、僕は一時的に気を失ってしまっていたようだ。

 起き上がると、シャムシールがやってきて、僕の頬をぺろぺろと舐めだした。

 利口な猫だ。自分が助けられたことをわかっていて、僕にお礼の気持ちを伝えてくれているらしい。

 しかし、助けられたのは、僕も同じことだ。

 シャムシールがいなければ、きっと僕と王子は大けがを負っていたことだろう。

 そんなシャムシールに愛おしさを感じて、僕は優しく彼の頭を撫でた。


「ありがとう、シャムシール」

「にゃあ~♪」

「あ、あの、セレーネ様……」


 そう声をかけてきたのは、エリアス王子だった。


「エリアス王子、ご無事で何よりです」

「そ、そんな……。僕なんかよりも、セレーネ様の方が……」

「私は、すっかり元気ですわよ」


 シャムシールを頭の上に乗せて、両腕にグッと力こぶを作って見せる。


「で、でも、僕は何も……」

「突然の事でしたし、仕方ありませんわ」


 そう答えてはみるものの、エリアスは申し訳なさそうに身を縮こまらせているままだ。

 きっと、本来なら、自分が僕やシャムシールを守らなければいけなかったと思っているのだろう。

 気弱そうに見えて、そういうところは、男の子だなぁ。


「でも、なんで、魔物などが襲ってきたのでしょうか?」

「わかりません。時折、現れる"はぐれ魔物"ならば良いのですが、仮に、誰かが意図を持って王宮を襲ったとなれば、大事ですので、兵士たちには王宮周辺に他の魔物の姿や不審人物はいないか、哨戒をしてもらっているところです」


 アニエスの言葉に頷く。

 意図的に……ということは考えたくないが、僕も王子もそれなりに目立つ立場だ。

 聖女である僕にとっては、父が言う邪教徒という存在の陰がちらつくし、王子の方は他の王位継承権を持つ立場の者から狙われる可能性だってないとは言い切れない。


「今のところは、他の魔物やおかしな人物がいたという報告は入っていませんので、ご安心を」

「ありがとう。アニエス」

「あの、セレーネ様……」


 恐る恐るといった様子で、エリアス王子が僕へと話しかけた。


「何ですか、エリアス様?」

「どうして、セレーネ様は、そんなにお強くいらっしゃるのですか……?」

「強く……ですか?」

「はい、魔物に襲われても落ち着いていらっしゃいますし、僕の事まで、身を挺して守ろうとして下さいました。聖女の力だって……望んで手に入れたものでもないでしょうに」

「えーと……」


 ああ、もしかしたら、彼は、僕の立場と自分の立場を重ねているのかもしれない。

 僕は聖女候補として、彼は第一王継承者として、それぞれが自分の意思とは関係なく、今の立場にある。

 彼と話しているうちに感じたが、それはきっと彼にとって、望まざるものだったのだろう。

 本来の彼は、王族の生活などとは無縁で、動物たちと穏やかな暮らしをしていたかっただけなのかもしれない。


「確かに、望んで手に入れた力ではありません。でも、今もこの力を使うことで、大切な相手を助けることができました」


 そう言って、僕はシャムシールとにっこり微笑み合った。

 確かに、僕は能動的に聖女になりたいわけじゃない。

 この世界に転生したのも本来の望みとは遠くかけ離れたものだし、聖女になるべく努力しているのも、暗い未来を回避するために仕方なくしていることだ。

 それでも、だからといって、この力を忌避しているわけでもない。

 僕だからこそできることがある。

 きっと、恋愛フラグや破滅フラグを抜きにしたとしても、僕はこの力を磨くことを選んでいただろう。


「自分の大切なものを守るために、使えるものは使う。エリアス様も、それくらい気軽に考えたら良いのではないでしょうか」

「使えるものは、使う……」


 僕の言葉を反芻するように呟くと、王子はゆっくりと視線を上げた。

 その瞳には、今までの気弱さとは違う、何か強い意志のようなものが籠っているように、僕には感じられた。


「セレーネ様、僕は今日貴女に出会えて良かった」

「はい、私もエリアス様にお会いできて、良かったです」


 にっこりと微笑むと、王子の病的なまでに白い頬に、初めて朱が差した。


「どうかしました?」

「い、いや、なんでもありませんっ!?」


 はて、何を動揺しているのやら。

 魔物の出所は置いておくにしても、とりあえずは一件落着っぽいので、そろそろ王宮をお暇させてもらうことにしよう。

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