第22話 お兄ちゃん、碧の王子と出会う

「始めまして、セレーネ・ファンネルと申します」


 2人っきりの客間の中で、丁寧に儀礼的な挨拶をする僕。

 すると、目の前の王子は、なぜか、ビクリと身体を震わせた。


「エ、エリアス……です」


 それだけ言うと目を伏せる王子。

 うーむ、これはなんというか。

 明らかに気弱そうな王子だった。

 見た目は美形だ。

 紅の王子レオンハルトと対照的な薄い水色の髪色に、華奢な体つき。

 肌の色なんかは、僕よりも白いかもしれない。

 若干病的に見えつつも、魔性の魅力とでも言おうか、どことなくこう守ってあげたくなるような雰囲気がある……ように女性には見えるのかもしれない。

 でも、さすがに見てくれがいくら良くても、この態度は如何ともしがたい。

 こちらが目を合わせようとしただけで、ビクビクとしているし、口調もそっけない。

 前世で言うところの、コミュ障ってやつだな。

 極力多くの人と同じ空間にいることを避けたい性格らしく、今も、彼の前には、僕一人だけ。侍女達にも出払ってもらっている。

 個人的には、傍付きにいて貰った方が、安心できるような気もするのだが、どうやら彼は、自分の従者達にすらあまり心を許していないらしい。


「エリアス様におかれてましては、ご機嫌麗しゅう」


 形式的な言葉を投げかけながらも、警戒心を解こうと、さらに柔らかく笑顔を向けてみるのだが、そもそもこちらの顔を見ようともしてくれない。

 自分で言うのもなんだが、今まで美少女公爵令嬢である僕が笑顔を向けると、ほとんどの人は襟を開いてくれていたのだが、そんな様子はさっぱりない。

 うーん、さすがにこれは……。

 何か会話の糸口はないかと、思考を巡らせている時だった。


「あっ……」


 王子の口からそんな声が漏れた。

 え、何だろうと思った次の瞬間──


「ふぁぶっ……!?」


 僕の顔面に何かが勢いよく張り付いた。


「ぶ、ぶぶぶっ!!」


 呼吸ができない!!

 苦しい!!


「こ、こらっ!! シャムシール!!」

「ぶはっ!! はぁはぁ!!」


 顔に張り付いていた何かが取り払われて、必死で酸素を求める僕。

 ようやく開けた視界に飛び込んできたのは、右手に猫をぶら下げたエリアス王子の姿だった。


「失礼しました! 僕の愛猫がとんだ粗相を……」

「あ、いえ……」


 王子が腕に抱いた猫をマジマジと見る。

 この辺りでは見ないような美しい銀の毛並みの猫だった。

 前世におけるシャム猫という種類に似ている。

 額には三日月のような模様が刻まているのが特徴的だ。

 僕がマジマジと猫を凝視していると、怒っていると思ったのか、王子が再び目線を下げた。


「ほ、本当に申し訳なく……」

「いえ、怒っているのではありません。珍しい猫さんだな、と思いまして」

「あ、はい、南の砂漠の国から友好の印にと送られた猫なんです」


 どうやらその猫にご執心らしい王子は、少しだけ早口にそう答えた。

 しめしめ、良い話題の種ができた。

 猫を出汁に、僕は王子とつつがなく会話を進めた。

 やはり、猫好きらしい王子は、僕の質問に答えるにつれ、どんどん口調が明るくなっていった。

 シャムシールという名のその猫とは、半年ほど前に出会ったらしく、それからはほとんどずっと一緒にいるほど仲良しなのだそうだ。


「でも、シャムシールが人の頭に飛び込むところなんて初めてみました。いつもは利口で、そんなことは絶対にしないのですが」


 確かに、この猫の瞳には、どこか知性の色が見える。

 もしかしたら、この猫、僕達が話題に詰まっていると感じて、あえてそんな行動に出たのか?

 さすがに、考えすぎかもしれないけど。


「あっ、シャムシール!」


 そんなことを考えていたら、再びシャムシールが、僕の方へと歩いてきた。

 そして、膝の上にぴょこんと乗っかる。

 か、かわええ……。

 思わず、撫でると、シャムシールは気持ちよさそうに「にゃぁ~」と鳴いた。

 ま、ますますかわええ……。


「ふふっ、どうやら私のお膝を気に入ったみたいですわ」

「す、凄い。僕以外には、あまり懐かない猫なのですが……」


 王子は、少しだけ悔しそうにそう言った。


「でも、そうか、セレーネ様は聖女候補ですものね。動物にも好かれるのかもしれません」

「ふふっ、そうかもしれませんね」


 王子に言われて、ようやっと自分が聖女候補として挨拶に来たことを思い出す。

 まあ、こうやって顔合わせもできたことだし、一応目的は果たしたというところか。


「では、私はそろそろ──」


 そう言って、席を立とうとしたその時だった。


「ニャァアアア!!」


 突然、膝の上に乗っていたシャムシールが、警戒心も露わに飛び上がった。


「シャムシール!!」


 驚いた王子の声。

 それとほぼ同時に、窓の外から、何か黒いものが飛来した。


「カラス!?」


 そう。それは、巨大なカラスの化物だった。

 サイズは大鷲よりさらに一回り程度大きい。

 そんな化物が、大きく開け放たれた窓から飛来したと同時に、僕らが座るソファへと真っすぐに滑空してくる。

 あんなくちばしに突かれたら、ただじゃ済まない。


「エリアス様!!」


 王子の手を取って逃げようとするが、腰が抜けたらしい王子は、あわあわとただ呆然とするばかり。

 このままじゃ、と思ったその時だった。

 襲い掛かって来るカラスの左斜め上のシャンデリアから、シャムシールが飛び掛かった。


「グギャ!?」

「ニャアアアア!!!」


 顔面への爪攻撃に、カラスの化物が地面へと撃ち落とされた。凄い……!!

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