第15話 お兄ちゃん、剣を振るう
ドンガラガッシャーン!!
ここ数日恒例となりつつある、食器の割れる音が響き渡る。
今は午後のティータイム。
フィンも呼んでひと時の休息時間を取っていたところだったのだが、そんな中、お皿に乗ったお菓子を豪快にばらまきつつ、すっころんだ人物……アニエスだ。
長いメイド服の裾に足を取られたアニエスは、豪快に地面に倒れると同時に、宙を舞ったクッキーの一つを僕はパクリと口に入れた。
もぐもぐ……うん、美味い。
いやぁ、なんかこの世界に来てから、甘いものをより美味しく感じるようになったんだよね。
やっぱり女の子の身体になったからだろうか。
いや、そんなことはどうでもよくて……。
「アニエス、大丈夫?」
「失礼しました。セレーネお嬢様」
無表情のまま、パンパンと裾についた泥を払うアニエス。
そのままトボトボとダメにしてしまったクッキーを拾い始める。
「すぐ、新しいものをお持ちしますので……」
むしろ、地面に落ちた程度、3秒ルールでおいしく頂きたいくらいなのだが、さすがに、フィンや使用人達の手前、そういうわけにもいかないか。
そそくさとクッキーを拾い終えたアニエスは、そのまま奥へと引っ込もうとして……再び、豪快にすっころんだ。
ここ数日ずっとこんな調子だ。
思った以上に、彼女はドジっ子だった。
いや、単純に、侍女としての仕事にまだまだ慣れていない。
こんな感じで給仕の仕事では、よく転んでいるし、お茶も満足に淹れられない。
洗濯を任せれば、力任せにやりすぎて、ドレスを破いてしまったこともあったし、掃除でも、窓ガラスを割るなんてことさえあった。
聞いたところによると、彼女は、ずっと騎士となるための英才教育を受け、鍛錬に鍛錬を重ね、そこにまた鍛錬を上乗せするような質実剛健で真っすぐな生き方をしていたらしく、それ以外の事は、まったくしてこなかったらしい。
「あの、アニエス。あなたの主だっての業務は、私の護衛なのですから、無理に侍女の仕事までしなくても良いのですよ」
「いえ、傍付きの侍女が何もしていないと、かえって怪しまれますので」
まあ、確かにそうなのだが、今のままでは、仕事ができなさすぎて、むしろいっそう怪しまれてしまうような……。
とはいえ、アニエスがやりたいと言っているのだから、無理に止めさせる理由もないのだけど。
「お姉様、そろそろ」
「あ、そうですわね」
それまで状況を見守っていたフィンの言葉に、僕はにっこりと微笑む。
「アニエス、では、そろそろ本業の方を」
「はい、お嬢様! こちらで挽回してみせます!!」
アニエスが来るとわかってから、フィンへの英才教育の一つに剣術が追加された。
貴族の中には、幼少の頃から、剣術をたしなんでいる者も多い。
特に武を重んじる紅の国では、ほぼ全ての貴族が、度合いこそ違えど、何かしらの武術を治めている。
この碧の国でも、さすがに紅の国ほどではないが、剣術を治めている貴族もそれなりにいる。
父も確か、レイピアを使った剣技については、それなりの腕だったはずだ。
そんなわけで、フィンもせっかくなので、ということで、アニエスから簡単な剣術の手ほどきを受ける事になった。
木剣を構えるフィン……うん、腰が引けていて、お世辞にも強そうには見えない、
「フィン様。へその下あたりにグッと力を込めて下さい。剣は腕で振るうのではありません。下半身で振るうのです。今のへっぴり腰では、とても、まともに剣は振るえません」
「は、はいっ!!」
アニエスの指導の元、フィンの構えが修正されていく。
そうすると、グッと見栄えがよくなった。
そのまま、何度か素振りをする。
さすがに、まだ、始めたばかりなので、へろへろ、という印象だが、フィンの顔は真剣そのものだ。
「はい、そこまで。少し休憩しましょう」
「はぁはぁ……はい……」
声がかかった瞬間、へなへなと地面に崩れ落ちるフィン。
線の細い彼は、こういった体力を使う活動は苦手そうだ。
僕が、水筒を差し出してあげると、フィンは「ありがとうございます。姉様」と、くたびれつつも、爽やかな笑顔を見せてくれた。
と、その時、ふと、脇に置いていた木剣が僕の手に触れた。
柄の部分を握ってみる。
おおっ、剣だ。
木製とはいえ、紛れもない剣。
あれだ。修学旅行とかで、木刀買ったときと同じようなワクワク感を感じる。
「お嬢様、木剣をお持ちになるのは……」
「ねえ、アニエス。私にも、剣を少しご教授願えないかしら」
「お嬢様?」
「ね、姉様!?」
あら、驚かせてしまっただろうか。
実際のところ、僕は元男だ。
その上、前世でやっていたアークヴォルト・オンラインでも、メイン
だもんで、実際の剣にも、すこぶる興味がある。
「ですが、しかし……」
「紅の国では、ご令嬢の中にも、こういった剣術を修めている者もいらっしゃるでしょう? 私も少し興味があるのです」
「なるほど、わかりました」
アニエスは無表情ながらも、納得したように頷くと、僕に構えを取らせた。
さっきフィンがやっているのを見ていたから、なんとなくわかる。
腋を絞めて、切っ先は目線と同じくらい。利き足を少し前、お尻を突き出さないように、丹田に力を入れて……と。
「ほう……」
僕が構えを取り終えると、アニエスが感心したように息を吐いた。
「お嬢様、美しい構えです」
そうでしょう。
「では、そのまま、振ってみてくださいませ」
「ええ」
僕はそのまま、木剣を振るう。
ぶん、と風を裂く音がして、流れのままに剣を振り下ろされた。
うん、我ながら、なかなか気持ちの良い一太刀だ。
そのまま、何度か素振りをしてみる。
「ね、姉様……凄い……!」
「ふむ、どうやら、お嬢様は剣術の才がおありのようですね」
その後、調子に乗った僕は、何十回と素振りを続け……翌日、見事に筋肉痛で、寝込む羽目になったのだった。
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