第8話 お兄ちゃん、弟ができる
さて、王子との婚約はとりあえずは継続ということになった。
婚約を解消するかどうかは、僕が実際に聖女になれるかどうか、それがもっとはっきりしてからで構わないとレオンハルトは言ってくれたのだ。
それならば、僕はキープで、他の方と優先的に婚約されても、と提案したのだが、それはいいと、王子はなぜか頑なだった。
まあ、王子が良いと言ってくれているのなら、僕としても、無理に新しい婚約者を作ってくれとまでは思わないし、なんといっても、落ち込みの原因の方は、なんだか彼の心の中で解決したようなので、良かったということにしておこう。
しかし、婚約の件が解決したといっても、まだまだ、当家には困ったことがあった。
後継ぎ問題だ。
僕は聖女になるにしろ、王子と結婚するにしろ、最終的に、ファンネル家を出ていくことになる。
父は再婚する気なんてちっともない。
となれば、跡取りをどうするのか、それが昨年からの我が悩みの種だった。
そして、その解決策として、父は養子を取る、という選択肢を選んだわけなのだが……。
今、僕の目の前には、一人の少年が立っていた。
彼の名は、フィン。
子爵家の四男で、この度、ファンネル家の跡取りとして、養子に出された少年だった。
歳は、僕と同じ12歳。
魔力解放の儀では、卓越した魔力の才能があることが発覚し、それが決定打となり、当家に養子として迎え入れることになったわけである。
それにしても、天使のような見た目だ。
本当に男の子なのだろうか。
金色の長いふわふわとした巻き髪に縁どられた小作りな顔。
ぷくぷくとしたほっぺたに、大きな瞳。
年齢は同じということだったが、身長は僕よりも低い。
これでドレスでも着ていたら、間違いなく女の子に間違えられるような容姿だ。
「始めまして。フィン」
一応、姉という立場なので、呼び捨てで応える。
最初から呼び捨てなのは、自分なりに、早くこの家に馴染んで欲しいからである。
正直、僕にとっては、念願の弟だった。
いや、昔から欲しかったのだ。弟が。
前世では、双子の妹がいた僕だが、実際に欲しかったのは弟だった。
一緒に同じゲームをして遊んだり、河原でキャッチボールしたり、勉強を教えてあげたり。
妹しかいなかった僕にとって、それはちょっとした夢の一つだった。
だから、こうやって、弟ができたのは、正直嬉しいところだった。
とびっきりの笑顔で迎えて入れてあげると、フィンは少し慌てたように目を逸らした。
うーん、どうやら、結構人見知りな子らしい。
まあ、これからずっと一緒にいるわけだし、少しずつ仲良くなっていけばいっか。
そう思っていたのだが。
「フィン。なんだ、その態度は。セレーネは、これからお前の姉になるのだ。きちんと挨拶をしなさい」
「は、はいっ……!」
父に叱責されたフィンは、びくりと大きく震えると、おどおどとしながらも、僕へと会釈をした。
「は、始めまして。セレーネ・ファンネル様……」
「はい、良く言えましたね」
偉い偉いと頭を撫でてあげると、フィンは、少しキョトンとした表情で、こちらを見ていた。
あっ、ついつい子ども扱いしてしまった。自分も今は子どもなのに。
「これから、仲良くしましょうね。フィン」
取り繕うように、そう言うと、フィンは、未だ少し警戒した様子ながらも、笑顔を作ろうとしてくれた。
うん、良い子そうだ。それに可愛い。
こうして、弟ができた僕だったのだが、予想に反して、弟と一緒にいられる時間と言うのはわずかだった。
具体的に言うと、食事の時間くらいしか一緒にいられない。
それ以外の時間は、お互い離れ離れだ。
僕の方は、おそよ半年後の社交界デビューに向けて、家庭教師による淑女教育を受けている。
礼儀作法を中心に、基礎的な教養や社交術、ダンスなど、様々なことを学んでいる。
とはいえ、それほど過密なスケジュールというわけではなく、どれも、毎日2~3時間程度に過ぎない。
それ以外の時間は、自分で復習をしたり、はたまた、ティータイムをしたりなど、優雅な時間を過ごしている。
最近はそこに、聖女としての魔法の訓練も加わったのだが、こちらは遅々として進展していない。
というのも、一般的な魔法の本では、聖女が使う白の魔法については、詳しく載っていないのだ。
少ない情報を元に、まずは、草花なんかを対象に、癒しの力を使おうと試みているのだが、正直、まだ成果の方は全くと言ってよいほど上がっていなかった。
うーん、僕、本当に聖女なんだろうか。
実は、レオンハルトと同じで、魔力を持ってないとかあったりして……。
いや、考えていても仕方ないか。
来月には、一度、ルカード様が様子を見にきてくれるそうなので、その時にでも、魔法の訓練の仕方を詳しく聞くことにしようと思う。
こうして、僕は、僕なりに色々やることはあるが、それでも、時間に追われているというほどではもちろんない。
むしろ、時間に追われているのは、義弟であるフィンの方だった。
ファンネル家の跡取りとしての英才教育を施されることになった彼は、1日の大半を社会学を中心とした勉学に費やしている。
これまで、そういったこととは無縁だった子爵家四男の彼は、慣れない生活に四苦八苦しているようで、顔を合わせても、まともに会話する余裕さえなさそうだった。
いつしか愛くるしい顔には、濃い隈が刻まれ、うつろな目をしているようなことも増えた。
このままでは、フィンが倒れてしまうのではないだろうか。
僕の心配は、募っていくばかりだった。
そして、その不安は、ズバリ的中してしまうことになる。
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