第33話 王都編⑰高位貴族の子弟じゃない

ウージ様との打ち合わせが終わったら、部屋に戻ってレポートを書かにゃあならん。

打ち合わせによって浮き彫りになった問題点もあり、一緒にレポートしてまとめて提出して解決してもらう必要もある。

今回の案件は国家主導で実施する事になっているので、俺はあくまでも手伝いでしかない。だからあまり根を詰める必要はないはずなのだが、どうもウージ様を相手にしていると、うまく乗せられて、いつの間にか働かされている。

あまり追いつめて、いつの間にか、片雲の風に誘われて漂泊の思いやまず放浪の旅に…、なんて事になっても知らねえぞ。神様からは、好きにして良いと言われてるんだからな?!

まぁ、今のところ、片付けなきゃいけない問題が多すぎて、そんな事すら考えている暇がない、と言うかタリン辺りにそんな事考えてた事がばれただけでも、色々しばかれそうで、ヤバい。

誰だ?未だ結婚どころか、なし崩し付き合うようになって半年も経ってないのに、尻の毛まで抜かれる位尻に敷かれてるのは、とか言ってるやつは?

だって仕方ないだろ、プライベートはもとよりパブリックな部分までがっつり抑えられてるんだぜ。

頭なんて、もう一生上がんないよ。


と言う訳で執務室に戻ったら、早速視察の報告書と錬成施設・鍛錬施設の建造計画の修正案作りと、抽出施設の建造計画の素案作りだ。報告書の方は、毎日送られてくるサンプルから素材を抽出しながら色々書き溜めておいたものとサンプルに付帯して来た情報があるから、それをまとめればいいので、どうって事ないんだが…、建造計画の修正案の方はまぁまぁのボリュームになる見込みだ。

何よりも何でおれのチェックを経ずに建造が始まっているのか確認する必要がある。要があるし、少しだけでも良いから楽にならんんものかな?!

そして、抽出施設に関しては、報告書に記載した情報を踏まえて設計案の作り直しになる。

どうも鋼材製造の過程で六価クロムを含む有害物質がかなり多量に生成されたらしい。このままだと、危なくて術士に作業させることが出来ない。

もう少し、情報を精査して、有害物質の無毒化する工程を追加するか、抽出工程の工夫で有害物質を封じ込める必要がある。

そうしないと、せっかく苦労して育てた術士が1年もしないうちに、天に召される事になってしまう。

頭、痛てぇ…



とりあえず報告書の方は、概ね書き上がったので、頭をクールダウン休させるために、お茶でもいただいて一息つこうか。

部屋付きの侍女さんにお茶と茶菓子の用意を頼むのと、休憩後に各種施設の設計担当工技官(下級国官)に事情を聴く必要があるので部屋に呼んでおくように申し付けておいた。

工技官が来るまでは、お茶を飲みながら書き上げた報告書の内容の添削だ。


添削を進めていると、各施設を担当している工技官たちが集まったとの連絡があったので、全員をこちらに呼んで、何故こちらの設計確認を受けずに建造を始まってしまったのか、等の事情聴取と実際にどんな設計で建造されているのかの確認をして、必要なら設計変更をしなくてはならない。

全く、めんどくさいったら…


集まった者たちの顔を眺めながら、

「今回、ウージ3級の元で、新鋼材製造の為の新素材抽出施設・錬成施設・鍛錬施設の建造計画の取りまとめ、並びに担当技士教育を命じされたクァージュと言う、此度の案件を担当する為に仮ではあるが5級の官位を頂いている。

今回、君達に集まってもらったのは、計画上では施設の設計段階等、要所要所で私の確認を受ける無ければ、進行出来ないはずの建造計画が、実際には確認を経ることなく建設が始まっており、施設によってはこちらの意図していたものとは違う形でほぼ完成してしまっている事に関してだ。

何故、この様な事が行われたのかを解明し、再発防止に努めなければならない。

先ずは、ほぼ建設が完了している鍛錬施設について、担当は…」

と事情聴取と言う名の実質上の尋問が始まった。



かなり時間がかかったが、凡その事情が見えて来た。

彼らにも彼らなりの仁義があるのか、はっきりとは言わなかったが、どうもこの種の国家事業の場合、

・名目上の責任者として上級国官(王族や上級貴族の子弟)が貼り付けられるが実際には殆ど何もしない。

・責任者の上級国官の下に実務を取り仕切る中級国官が付き補佐する事になっているが、こいつらも実際にはあまり口を出さない。で、実際に事に当たるのは、その下に実務担当として配される下級国官で、中級は下級が作成した報告書等に、事後承認に近いタイミングでサインをしたり、遅れている案件の状況を確認して必要に応じてテコ入れする種の工程管理をするのが事実上の仕事になっている。

・中級国官の下に個別の案件ごとに下級国官が配され、事実上の実務は彼らが取り仕切る事が、下級国官が中位(8級位)から上位(7級位)に上がる為の登竜門と目されている。

・個別案件担当になった下級国官は、日頃から関係の深い業者の力を借りて実務を進め、業者は業務に関わらせてもらった(当然施工も担当する)謝礼(リベート)を支払う事が慣習化されている。

多少の癒着(贔屓、リベート、接待等)は、実務上で問題が生じる事が無ければ、業務をスムーズに進める潤滑材の意味もあるとして黙認される。

と言う事で、今回の案件でも従来の様に後追い承認を前提に、仕様を良く確認せず、実質上設計から業者に丸投げの形で事務処理を進めていた事が判明した。


結果として、なあなあでは済まされない重要案件に大きな穴を開ける事になってしまい、下手をすれば当人どころか関与した業者の上層部を含めて一族郎党犯罪奴隷落ちになりかねない事態となっている訳だが、さてどうしたものだろう。

設計確認で、鍛錬施設に関しては、今回の案件で設置が必須になる新型研ぎ機の設置が考慮されてない事、処理の過程で有害物質が発生する可能性があり、これに対応するために施設が考慮されていなかった事が発覚し、これに関して施工を担当した業者と協議の上無償で改修する事で、一族郎党犯罪奴隷落ちだけは目をつぶる事になった。


錬成施設についても、ほぼ同じで、幾つかの大きな改修と追加が必要な部分が、特に有害物質対応施設関連で発見されていおり、これも鍛錬施設同様、業者と事務官の責任で改修を行う事になった。


問題は抽出施設で、先ほどの報告書作成まで建築計画すらまともに出来ていなかったのに、どういう訳か設計が終了して建築が始まっているそうで、設計を見る限り、工程の途中で生成される有害物質を処理する施設も殆ど無く、短期間にせっかく育てた術士を殺す為の施設に仕上がっていた。

正直、この施設をちょっとした改修程度で使える施設に生まれ変わらせる事は出来そうもない。

と言う事で、急遽ウージ様を含めた協議の結果、関係者のギルティ(有罪)が決定した。多分、使用された資材のなどへの支払いには、没収となる工技官と業者の私財があてられるが、ある程度は国が贖う事になる。そうである以上、きっちり責任を負ってもらう必要がある。


何分、新素材の抽出場建造は今回のMV鋼製武器量産計画の胆になる部分だ。

ウージ様からも、必要なら何度でも設計を修正して、良い施設を作れと言われている。

とは言えこっちの世界で建物を建てる時って、動線とか殆ど考えて建物を建ててないみたいなんだよな。トレファチャムの工房も、効率よくものを動かして物作りに励もうとか言う思想をともに設計した訳では無さそうだったし。

産業革命の様なエポックメイキング的進歩まではまだまだ100年以上は待たなければならなそうな社会である事は重々わかっているし、何より魔法が便利過ぎて科学が大きく発展する余地が小さすぎる。


マスプロ(大量生産)品を作るという発想も殆どない社会だ。

物作り≒オーダーメイド(受注生産)で、プレタポルテ(高級既製品)やパターンオーダーですらかなり斬新な考え方だと言われる可能性がある。

精々、以前納品したものが評判が良かったので、同じ型の物をある程度まとめて作ってくれ的な注文方式が容認される程度だ。

そんな社会でラインを組んでベルトコンベアで流して分業で効率よく作ろう、とか言う心算は欠片もないが、使う部品の共通化等、もう少し効率ってものを考えても良いんじゃないかと思う事はしばしばある。


建物も経てる時も同じで、この世界で自分たちが何かをする為の建物を建てようとする時、その工事を請け負う大工(工員の統括者の意味)に注文を出し、その注文に応じて大工傘下の設計士が建物を設計し建物を建設する流れになる。

問題は、その工員たちが自分たちが建てようとしている建物の用途や使い方を十分に詳しく理解してなくても何となく設計して建ててしまう事だ。

彼らは、その建物がどんな用途で使われる建物で、中でどういう作業をするからどういう構造であることが望まれるのか、等の要件をさほど深く理解する事無く、従来の経験を基にいい加減に設計し、建造してしまう。

トレファチャムにある工房を再建する時も同じで、設計段階でチェックする事すら嫌がられたし、ある程度工事が進んだ段階で、使い勝手が悪そうだからという理由で設計の一部を変更をする事も嫌がられた。


今回の抽出施設は、実務を担当する工技官こそ決まっていたが、その後の具体的な設計に関しては、視察巡検後に決定と言う事で、その時点でどういう部屋が必要で、どのような作業が行われるのかまでは兎も角、その為にどのような設備が必要になる可能性があるのか等の詳細は決定しておらず、当然、設計等出来るはずもなかったのだが、何故か既に施工が始まっていると言う。

結果、巡検で見せられたのは、抽出作業が非常にし辛い、と言うか作業効率を悪くて今後製造量が増えた場合対応が出来ない構造の建物が建設されつつあり、とりあえず工事を凍結し設計の詳細を確認する事にした訳だ。


今日の事情聴取は、施設の設計がどの様に行われており、現時点で建設がどの段階まで進んでいるかを確認し、この段階でどの様な程度の改修が可能かを確認する為だ。どの程度こちらの希望していたものに戻せるかなどの可能性を探る等と言えば聞こえは良いが、全て解体して立て直しになる可能性もあり、当然、担当者と業者は、妨害扱いで犯罪奴隷落ち程度ならかわいい方で、国家反逆罪を適用され一族郎党処刑される可能性すら有りえた。

まぁ、今日確認出来た限りでは、リカバリーする事で使えるものにする事が可能の様だったので、そこまでの事態にはならない可能性が高まったが、今後も俺がこの計画に関わっていく限り、この種の進行チェックにも十分にも気を付けていかなければならない事を痛感させられた出来事となった。


その後、抽出場に関する修正案を協議し、ウージ様の承認を得て再設計をする事になり、加えて工技官と民間の業者との癒着に関する意見書、もとい、チェック機構の厳密化に関する意見書を作成し、これも提出した。

何せ癒着云々に関しては、うちもトレファチャムの代官様とは懇ろと言って良い関係にある。

まぁ、それを盾に好き勝手な振る舞いをしたと言う事は無いし、そんな心算も全く無いが、いざと言う時の後ろ盾になってもらえる存在がいると言うのは、ピンクトロールくんの件を考えるまでも無く、心強いものがある。あの人もその辺のバランスは心得ている様で、決して過度な要求をしてくる事は無い。精々、コジくんを介して、新作のおやつを強請ってくるくらいだ。

同じ様に、下級の工技官ともなれば、現場で工事を請け負う業者の選定にも大きな力を持つ事になるので、工期に影響が出ない様であれば、むしろ、顔の効く親戚を工事に紛れ込ませる位当たり前の事だ。


元々役人なんてものは、基本的に縦割りで樹形図的に繋がっていく関係に慣れていて、そのラインから外れる系統に関しては、あまり注意を払わ無い。

ところが今回の件では、俺は計画全体の統括アドバイザーに地位にあり、その立場はものすごく不明確なものだった。

公には俺は、正式官位を持たない仮の5級扱いで中位国官(工技官)相当の位を賜り、直属の上司もウージ様だけで、工技庁のどこにもラインが繋がりが無い。

ただし、今回の計画では、どの計画でも一定の権限が認められており、単なるアドバイザー的な立場を超えて顔も、口も出す事が出来た。


その為、俺の手をある程度離れで独自に動く段階になると、進行の報告からも漏れてしまい、各建物の設計が終わった段階で本来加わるべきだったチェック作業にも誘われなかったらしい。残念ながら、そこに悪意があったのかどうかはわからない。

ただし、やらかしてしまい計画に大きな穴を開けかけた以上は、責任を取ってもらう事にはなる。多分、相当数の国官が奴隷落ちして、更にそれ以上の国官が階位を落として、かなりの期間暖かな日の差すところで冷や飯を喰ってもらう事になるだろう。


修正案をまとめ、ウージ様に提出出来たのは、その日の夜半を大分過ぎた頃だったか。かなり時間がかかってしまったが、こればかりは仕方がない。

だが、この案件には国の命運がかかって来る可能性がある以上、可能な限り早く対応しなければならない。

この修正案がウージ様を決済を受けるのが明日、いや既に今日か、今日の朝だとして、それを確認し、呼び出しがかかるまでに数刻程の休み時間が取れるだろう。

こんな事がばれると、またタリンにちゃんと休めと叱られるんだが、取り合えず寝ておかないと明日の仕事に差し障る可能性がある。体の汚れを拭う為にお湯を持って来させ、侍女の介助で体の汚れを拭い、人心地ついたところで、朝は2刻まで極力起こさない様に、かつ、朝食は仕事をしながらするので簡単につまめるものを用意する様に言いつけ、眠りに就くのだった。


…それから1刻も経ずに、この件に関するウージ様からの呼び出しでたたき起こされ、俺の認識が甘かった事をしっかり再認識させれらるはめになった。

どうやら、国はこの案件に関して、俺の認識以上に重要視している様だった。

ついでに、俺をがっつり取り込む為、ウージ様の身分まで明かされた。

初めて会った時に、「…3等の事務官…」と言ったと記憶していたんだが、「3級の事務官」と聞き違いしたことにしていた。と言うか、しておきたかったんだが、間違いじゃ無かった。間違いじゃ無く、あの文脈の中には言葉にされていない部分があったんだ。正しくは「…3等位王族の特任事務官…」、高位貴族の子弟じゃない。高位貴族じゃなくてこいつは高位王族だ。知りたくなかったよ。これじゃあ、この件が終わっても離してもらえないじゃん。

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