とある錬金鍛冶士のぼやき(仮)

桜月旬也

第0話 プロローグ

気が付くと、俺は何とも言い難い状態にある様だった。

と、言うか何とも言い難い状態にいる事が本能的に理解できた。


これまでほとんどそんな事を考えた事もなかったが、諺に「一寸の虫にも五分の魂」などと言う通り、生き物には魂(たましい)、すなわち魂魄(コンパク)と呼ばれるものが宿っていることを俺は何故か理解していた。

魂魄とは、魂(コン)と魄(ハク)より成っており、魂は精神を、魄は肉体を司っている。そして、互いに連携しあうことで、生き物は生き物として正常に生きていくことが出来る。


時に交通事故にあった人が、肉体的は完全に回復しているにも関わらず、正常に体を動かせないでいるなどと言う事があるが、実はこんな時には、事故の影響で魂と魄の紐帯に問題が生じており、魂の発したリクエストを魄が正常に受諾できない、などと言う状態になっている事も多いのだ。


生きとし生けるものは必ず、本能の一部として自らの傷を癒す能力を備えている。

それは、魂や魄にも宿っており、ある程度以下の“傷”であれば、時と共に徐々に癒し吸収していく事が出来る。

しかし、個体差はあるにせよ、限度を超える“傷”を負えば癒し切れることなく、歪(いびつ)に不完全に修復される事になる。

そして、限界を超え傷ついた時、魂と魄の紐帯は完全に断たれる。

これを一般的に“死”と呼ぶのだ。


今の状態を“死”と表現していいのかわからないが、魂が魄との軛が絶たれ、精神体が肉体から完全に分離した状態にあると見てほぼ間違いない様だ。

心が、ヒトとしての、生き物としての制約から解き放たれた状態にあることを俺は理解出来ていた。


でありながら、どういう訳か自分が生命としての“死”、或いはそれに準じる状況にある事を冷静に受け止め、ほとんど動揺しないでいる。

と言うかそんな状態にある事をどこかで客観視している自分を感じていた。


どれほどの間そんな状況を確認するだけの事を繰り返していたのだろうか、自分の状態を正確把握し、直ぐにどうこうなる状況ではない事を把握した上で、周囲に意識を向け様とした瞬間に、それは俺の心に直接語り掛けてきた。


“現時点であなたには、二つの選択肢が用意されています。”

“一つは、このまま死を受け入れて、輪廻の輪に戻る事。”

“もう一つは、地球の輪廻の軛より離れ、こちらが用意する別の世界で、新たに人として転生し、生きていく事。”

提示された条件に合わせて、その状況に付帯する概念や説明が心に流れ込んでくる。


曰く、地球を含む全ての生命系には、その正常な運営に必要なエネルギーの消費が必須である。これをリソースと呼ぶ。

曰く、リソースはその生命系の持つポテンシャルに応じて随時生成される。

曰く、現在地球系では、ヒト類の異常な増殖によって過大なリソースの大量消費が繰り返されており、早晩リソースが枯渇する事は確実である。

曰く、リソースが枯渇した場合、一定水準以上の高度な生命体は、その維持が困難となる。地球系の生命に当て嵌めれば、概ね8割以上の種が死滅する事になる。

曰く、この状況を解消する為、地球系の管理主体(所謂、神様)は、ヒト類の数量調整(間引き)の実施を決定した。

曰く、ヒト類の適性個体数は、地球系のポテンシャルを考慮しても最大でも5~10億個体程度と考えられる。当面、ヒトの個体数を10億程度まで削減し、その後調整を加えつつ、リソースの収支バランスの取れる所まで削減する。

曰く、調整(間引き)対象とする個体の選定は、完全に無作為(ランダム)かつ段階的に行われる。

曰く、あなた方は第1期調整分個体として選ばれた内の一人である。

曰く、地球の輪廻の輪に戻る場合、あなたはこのままヒトとしての生涯を終える事になる。

曰く、魂はこれまでの生についてのなすべき清算を行い輪廻の輪に戻され、然るべきタイミングで転生を繰り返す事となる。ただし、ヒトに転生出来る可能性は大きくない。

曰く、魄以下の肉体分は、リソースレベルまで解体され、地球系の運営に使用される。なお、個人としての記憶とは、そのほとんどが魄~肉体に記録されるものであり、今世における個人的な記憶のほとんどは、リソース化に伴い破棄される。

曰く、今回の調整では、地球のヒトの人口の約0.1%の800万個体がランダムに抽出されてリソース化される。また、これは、今後もリソースの収支バランスが目標レベルに達するまで段階的に実施される。

曰く、これは、適正環境保全のための調整(間引き)であるため、対象個体個々の事情は一切斟酌されない。


さらに話は一般論から、俺?我々?あるいは、あちら側(神様側)に関するものへと移って行った。


今回、こちら(ドゥーム)側の事情(ドゥーム世界にある種の刺激を与える事で文化的発展を促す)により、あなた方(第1期調整個体)にこちら側の世界への転生の斡旋を行う事になりました。

それに伴い移転適合性の確認を行ったところ、38個体に極めて高い適性がある事が確認され、ご案内する事になりました。

あなた方がこちら側の世界に転生する事を受諾された場合、魂は適合調整が必要な部分以外は原則そのまま流用され、魄と共に破棄される予定だった知識・記憶等も、こちらでの生活に必要とされる知識等を補完した上で、新しい魄・肉体に統合されます。

その際に、あなた方の希望と魄の持つ従来の適正を考慮して肉体の再構成を行います。

すなわち、高い趣味の技巧や職業的な技能を持っている人は、その趣味・職業に適した肉体の諸元(ステータス)やスキルがデフォルトで与えられます。

適性の低い、或いは、不向きであっても希望によってはある程度の調整が可能です。

例えば、地球系で特定のスポーツなどを特別に愛好している場合、肉体はそのスポーツに指向する方向で鍛えられている事が多ので、転生にあたってはその状態に適した肉体を得る事の出来る可能性が高くなります。

ただし、所謂、下手の横好き的な場合や、嗜好と才能の乖離がある様な場合では、志向に沿えない場合もあります。

また、地球系では原則適正者のいるはずのない魔法系技能への適性も希望により取得可能です。


あなた方が転生の斡旋を受諾した場合、受諾者が地球世界に存在する為に必要とされていた分のリソースを、地球世界に贖う形で、清算が行われます。


受領者には転生において、生活に適した場を提供され、馴致相当期間サポートを受ける事が出来ます。

いきなり、魔境に放置され、魔獣に襲われる様な事は、当人の強い希望が無いければ行われません。

受諾者は、転生後の行動に原則義務・責務を負いません。

個々人の希望に応じて好きに生きていただいて構いませんが、その行為が所属する社会の公序良俗に反する場合、当然犯罪者となり弾きだされますし、そうで無かったとしても、社会からつまはじきにされるリスクを負う事になります。

その様な状況を望まれるという事であれば、自己責任で行ってください。


転生受諾後、転生するまでの間に、個々が持つ可能性の範囲で、転生体に与えられる肉体のステータス、スキルの調整を行えます。

いわゆる、チートと呼ばれるステータス、スキルの取得も可能ですが、高度なステータス・スキルの取得には、高い適性やリソースの大量消費等の代償を必要とします。

等々…

一気に、しかし、個々の理解力がオーバーフローしない程度のペースで、それぞれに必要とされる情報が提供され、その上でどうするかを、個々の判断に委ねられた。


適性は十分にあるとしても、個人の意向によっては、と言うよりも、覚悟によっては、転生後に問題を引き起こす可能性がある。

召喚側は我々が世界の発展のけん引役になる事を期待して導き入れ様としているのに、そんな覚悟も無く連れてこられた等と諸々抱え込んだ挙句に、盛大に自爆なぞされて文明の荒廃をもたらされたなんて日には目も当てられない、との判断なのだろう。


そもそもこれまでの生活に戻る事は許されていない以上、選ぶことが出来るのは、沈む(リソースにもどされる)か、進む(転生する)か、の二択しかない。

となれば、俺にとって選択肢など無いも同然だ。


覚悟を決めて、俺は進む事を選びとった。

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