第24話 ようやく

大通りへの道を進んでいると、店頭に服を飾った店を見つけた。恰幅の良い女の人が出てきて、今まさに閉店作業を行っているところのようだ。滑り込みで買い物ができないかと思い、駆け寄って声をかける。


「す、みません!あの、服を買いたいんですけど今日はもう閉めますか?」

「なんだい、もう閉め…ってあら、お貴族様かい?悪いけど、お貴族様にお買い上げいただけるような品なんてウチにはないよ。」

「いえ、貴族でもなければ金持ちでもないんですけど…これが今俺が持っている一張羅で、できれば普通の…本当に普通の服が欲しいんですが少しだけ見せていただけませんか?あと、この服の買取も。閉店間際ですみません。」

「その質のよさそうな服を買い取り?…仕方がないねぇ。ほら、さっさとお入り。ちゃっちゃと選んでちゃっちゃと終わらせるよ。」

「ありがとうございます!」


勢いのまま腰を90度に折れば「いいからはよ入んな。」と背中を叩かれ、慌てて店内に入る。この世界に来て初めての店だ。少し感動して店内を見まわしてみる。それほど広くはない店内だが商品は所狭しと並んでおり、子供用から大人用までの様々な年齢層の服を取り扱っているようだ。


「あんたをここで丸裸にしちまってもいいんだがね。さすがに旦那に悪いからねぇ。服を選んだら着替えて、その服をこっちによこしな。」


俺じゃなくて旦那に悪いんかい。思わず突っ込みそうになる。

しかし服を選ぶと言っても、日本のように多種多様な服とは違って形はほとんど似ており、ただ色が違うだけに見える。悩んだ末、少しくすんだ白のシャツにこげ茶のズボンを選んで着替える。シャツは3枚、ズボンは2着ほどあれば問題ないだろうか。あとは肩掛けカバンなどもあるようで、それも見ておく。ヴィトが入るサイズだと嬉しいけど…あるかな。

俺が着替えて他の品を見ている間に査定されるスーツ。

そろそろ三十路になるしいつまでもセールされたスーツじゃいけないと思い、思い切って買ったお高めのスーツだ。昨日の営業先がそれなりに大手の企業様だったため、気合を入れて勝負服としてそのスーツを着ていた。

少し後ろ髪を引かれる思いではあるが、背に腹は代えられない。今は貯金もなく稼ぎもないのに出ていくモノばかりなのだ。

この後は宿をとって、明日はギルドに行って…鋼鉄の斧がギルドに声をかけろと言っていたので、午前中はそれだけで時間がつぶれるかもしれないな。午後は…この街の散策か、実際に冒険者として仕事をするのもいい。とりあえずギルドに行ってから考えるしかないか。


明日の計画を立てていると、スーツから顔を上げた店主が口を開く。


「はぁ…こんな肌触りのいい生地なんて初めてだね。それこそお貴族様専用の店でしか取り扱ってないような生地だ。それに、縫い目も細かく小さいのにしっかりしてる。あんたのとこの針子は貴族抱えじゃないのかい?本当にこれをウチで買い取ってもいいのかねぇ。言っちゃあなんだが、この街の針子よりもいい仕事をしているよ、この服は。」

「ええ、よろしくお願いします。そんな服を着ていく場に縁はないので。」


貴族しか着ないってことは、貴族ばかりの場に出ない限りスーツのようなしっかりとした服は着なくていいはずだ。

貴族なんてめんどくさそうな人たちには関わりたくないし、そもそも本当にそんな場所に伝手なんてない。この世界では持っていても荷物で邪魔にしかならないしな。それに、店主の口ぶりからしてそれなりに高く買い取ってもらえそうだ。


「…7万リン、うちで出せるのはこれが限界だ。その代わり、あんたの選んだ服たちもタダでつけるよ。どうだい?」

「いいんですか?」

「ああ、王都に行けばより金になるだろうがね。こんなに上等な素材も服も見たことがない。売ってくれるかい?」

「是非!お願いします!」

「そうかい、毎度あり。ちょっと待ってな。」


服を選んでいるときに値札を見てみたが、このシャツでも1枚300リン、ズボンは800リンくらいだった。てことは、7万は相当高いのでは。よかった、懐がそれなりに温まったな。

カウンターに戻った店主から金貨を5枚、そして大きな銀貨を20枚もらう。100リンの銀貨よりも大きめの銀貨だ。金貨が1万リン、大きな銀貨が1000リン、銀貨が100リンってとこかな。


「すまないね、あまり金貨なんか使わないから細かくなっちまったよ。だけど、この街で買い物をするなら金貨はあまり使わないしいいだろ?」

「ええ、問題ないです。」


受け取って、荷物に入れる振りをして空間ボックスに入れる。


「閉店間際にありがとうございました!ところで、この辺りでおすすめの宿はありますか?」

「おすすめの宿?そうさねぇ…うーん、ベア爺のやってる宿かね。大通りに出たら右に進んで、すぐにわかるよ。ハニーベアの剥製が入り口に置いてあるからね。」

「わかりました。行ってみます。」

「ああ、少し高いが飯は上等だ。あんたなら払えるだろうさ。また何かあったら来な。あんたなら歓迎するよ。」


勢いに任せて突撃してしまったが、お金も服も手に入ったし、宿まで教えてもらえた。やりたいこと、やりたかったことが一つずつ消化できていて順調じゃないか?

店を出て、まだ起きる気配のないヴィトを大きめの布のカバンに入れて肩にかける。腕をほぐす様にぶんぶんと振りながら、今度こそ大通りへと向かった。


ーーーー…


先ほどよりも人が多い。主に酔っ払いが… 大通りに出て周りを観察すると、顔を真っ赤にしてフラフラと歩いている人や道に寝転がって爆睡してる人が多い。俺と同じような恰好をしたおっさんや、冒険者のようなゴツイ見た目の男たちが肩を組んで語り合っているのも見える。

なるほど、夜になるとこういう輩が増えるんだな。女子供は見えず、…いや、女性はそこそこいるな?でも強そうというか、たぶん俺が殴り掛かっても返り討ちにされそうなくらいには強そうだ。


そんな人たちの間を通り抜け、ハニーベアとやらの剥製を探す。が、確かにすぐに目につく。3mはあるかと思うくらいでかい熊が、これでもかというほど腕を高く上げて威嚇をしている。こ、これがハニーベアか?怖すぎない…?!

なんでこんな剥製を宿の前に…と思いつつ、中に入る。この宿も例にもれず酒飲みがどんちゃん騒ぎをしていたが、先ほど通ってきた道の人たちよりはおとなしい。

どの人がベア爺かなと辺りを見渡していると、奥の方からそれはもうハニーベアに負けないレベルのムキムキマッチョスキンヘッド爺さんが顔を出す。


「あ?なんだお前。客か?」

「あ、はい…できれば今晩泊まりたいんですが……ええと、門からすぐのところにある服屋の女性から、お勧めの宿屋だと伺いました。」

「ふん、マーサの野郎が?面白い冗談だな。ほら、入れ。飯は食うか?1晩で200リン、朝晩飯付きでプラス300リンだ。よその宿より高めだが、飯の味は保証するぜ。」

「では、お願いします。」

「あいよ。下は食堂兼夜は飲み屋、宿は2階だ。今日はもう座れる席もねぇし、部屋で食ってくれや。食い終わったらドアの前に食器を置いててくりゃ、回収するからな。」

「わかりました。」

「ほらよ。1番奥の部屋だ。飯はすぐに準備してやるから待ってろ。」


鍵を投げ渡され、ベア爺はキッチンへと入る。近づいて見れば、俺一人じゃ到底食べきれないレベルのデカい肉の塊ステーキと豆とキャベツのスープ、レタスのようなサラダも付いているようだ。

また、黒いパンを3つもつけてくれた。さては、黒パンと呼ばれるやつですか。あの硬いと有名な…


「これで一人分だな。足りなけりゃおかわりは自分で取りに来いよ?」

「ありがとうございます。あ、お代は…」

「そこに置いておいてくれ。あとで取る。」

「わかりました。…とりあえず、3日分で1500リル置いておきます。」


お代をカウンターに置き、ご飯が乗ったお盆を受け取って2階へと上がる。どうやら人がいないところは扉が開いたままのようで、全部で5部屋あるが手前の部屋だけ扉が閉まっている。

部屋の前を通るときもカチャカチャと音がしていたので、もしやこの部屋の人も食事中なのかもしれない。


…それにしても、随分といい匂いのするご飯である。運んでいるだけで思わず腹がぐぅと鳴り、涎も出てきそうになる。しっかりした食事はたったの2日ぶりなのに、随分と取っていないように思える。こんなデカい肉の塊は男のロマンだよな…なんて考えていると、カバンからもくぅ…と可愛らしい音が聞こえた。可愛すぎて笑ってしまう。


部屋に入って内側から鍵をかけた後、椅子に座ってカバンを開けると、カバンの中には目をキラキラと輝かせたヴィトがいた。


「おはよう、ヴィト。」

「おはよう、マサヨシ!」


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