遺言

小狸

0

 ――頑張れとか。

 ――頑張るなとか。

 ――無理するなとか。

 ――無理しろとか。

 ――気にするなとか。

 ――気に障るとか。

 ――分からない。

 私はどうすれば良いのか分からなかった。

 人から怒られぬよう、人の言う通りに生きてきた。

 それを主体性のない人間と言われるのは心外である。

 だって――そうするしかなかったからだ。

 そうしなければ、周りの人間は私を許してはくれなかった。

 生きるために、そうするしかなかった。

「でもさ、それが大人になるってことだから」

「皆はそう生きているから」

「仕方ないよ」

「幸せなことを思い浮かべようよ」

「そんな自分でも認めてあげよう」

 好き勝手言う。

 周りの人達は、好きに言う。

 当たり前である。

 他人事なのだから。

 無理にでも大人にならなければいけないのだろうか。

 皆がそう生きているなら、迎合しなければいけないのだろうか。

 仕方ないとずっと諦め続けてきて、まだ諦めなければいけないのだろうか。

 幸せなことがあれば、不幸なことが帳消しになるのだろうか。

 誰も認めてくれなかった自分を、どう認めれば良いのだろうか。

 いや、いや、いや。

 違う。

 大人になるということは、きっとそういうことなのだろう。

 そういう理不尽や不条理を受け入れ、呑み込み、諦める。

 私はだから、大人になることができなかった。

 私の人生は、ずっと理不尽だった。

 私の人生は、ずっと不条理だった。

 無理矢理飲み込んで、消化不良で、嘔吐しながら、諦めながら生きてきた。

 それでも大人になれば、何か希望があるのだと思って――子どもながらに信じて生きてきた。

 馬鹿だったと思う。

 希望などなかった、幸せなどなかった、未来などなかった。

 だから私は、死にたいと思う。

 死にたいと願う。

 これを私の、最後の言葉としたい。

 


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遺言 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る