第10話 委員長が壊れちゃった
それから凜は以前のようにお節介を焼く事はなくなった。
自分にはそんな資格はない。
自分は上から人にアドバイス出来るような上等な人間じゃない。
口を開けばウザいだけの厄介者だ。
そう思ってふさぎ込んだ。
残ったのは勉強だけだった。
とにかく授業に集中して、自己嫌悪から逃れるように勉強した。
無性にイライラした。
どうしようもなくお腹がすいた。
イライラするから食べたくて。
食べたいからイライラした。
それがわかっているから食べなかった。
ここで食べたら終わりな気がした。
もう、際限なく食べてしまって、あっという間におデブに逆戻りする気がした。
それだけは嫌だった。
中身も醜いのに、身体まで醜くなったら救いがない。
この期に及んでそんな事を考える自分に腹が立った。
楽しそうに胡桃と昼飯を食べる仁に腹が立った。
美味しそうにお昼ご飯を食べる仁に腹が立った。
そんな自分にも腹が立って、自分なんか大っ嫌いになった。
お腹すいた。
お腹すいた。
お腹すいた。
お腹すいた。
中間試験の途中、凜は貧血で倒れた。
†
「……お腹すいた」
保健室のベッドの上。
気が済むまで泣き腫らすと、凜はポツリと呟いた。
お昼休みだった。
午後は普通に授業がある。
食べたいけれど、教室に戻る気にはなれなかった。
勉強しか取り柄のない嫌われ者の委員長が、よりにもよって中間試験の最中に倒れたのだ。
みんな、ざまーみろと笑っているに違いない。
恥ずかしくて、とてもじゃないが教室には戻れない。
早退したい。
でも、それだって教室に鞄を取りに戻らないといけない。
みんなが帰るまで、保健室に隠れていたい。
……でも、どうしようもなくお腹がすいた。
「……私、なにやってるんだろ」
最後の拠り所の勉強まで失った。
もう、自分には何もない。
楽しくない。
友達もいない。
誰も優しくしてくれない。
誰も認めてくれない。
どれだけ頑張っても、バカみたいに空回りするだけだ。
どうして私だけ? なんでこんなに上手くいかないの?
そう思うと、また泣きたくなってきた。
泣いたって、なにも解決しないのに。
死にたい……。
消えたい……。
膝を抱えて泣いていると、不意にカーテンが開いた。
「委員長、大丈夫?」
大きなお弁当袋を手に下げて、大嫌いなおデブの仁がやってきた。
「……どうして?」
突然無性に泣きなくなり、凜は必死に目を閉じて太ももを抓った。
これ以上仁に恥ずかしい姿を見られたくない。
「心配だったから。ごめんね委員長。勝手に鞄開けてお弁当持ってきちゃった」
細すぎる凜の肩がびくりと震えた。
凜のダムはもう満タンだった。
心からもまぶたからも、堪えきれない熱いものがぼろぼろ零れた。
「――ぅっ――ぇぅっ――ひぐっ――」
必死に口を塞いでも、溢れる嗚咽は抑えられない。
「泣きたい時は泣いた方がいいよ。誰にも言ったりしないから」
愛嬌たっぷりの優しい声がふわりと言った。
そんなことは、当然だとでもいうように。
信じられる理由なんか一つもないのに、不思議と凜はそれを信じた。
そしてダムが粉々に吹き飛んだ。
「うぁああああああん!」
子供のように泣き出して、凜は仁の胸に飛び込んだ。
なんでそんな事をしているのか自分でもわからない。
でも、そうしないと自分がバラバラになって消えてしまいそうな気がした。
仁の胸は柔らかかった。
温かくて、ホットミルクみたいな優しい匂いがした。
凜の中にある汚い物を全部吸い出して、全ての罪を清めてくれるような気がした。
五歳の子供になって、お母さんの胸に抱かれているようにホッとした。
ぽちゃっと膨らんだ雄っぱいが余計にそう感じさせた。
元々凜は甘えん坊な女の子だった。
いつの間にか忘れていて、ずっとつま先立ちで歩いていた事に気が付いた。
泣くのは恥ずかしい事のはずなのに、仁の胸の中で泣くのはどうしようもなく気持ちよかった。
けれど理性が言っていた。
こんな事をしたらキモがられる。
ただでさえ自分はウザくてキモイ委員長なのに。
「大変だったんだね」
何も知らないくせに、仁のまるまる太ったクリームパンみたいな手が、ぽんぽんと凜の背中を優しく叩いた。
もう、凜はすべてがどうでもよくなった。
ただ今は、この幸せがいっぱい詰まったおデブちゃんの胸の中で泣きたかった。
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