第ニ話!! 疾風! 路守蛇さん家の子犬にときめく!!

 

 ……疾風とマウがチサイ村を旅立ってから、一ヶ月が経ちました。



「……まさかもう魔界に着くとはね……」


「びっくりするほど早かったもんね……」



 チサイ村から魔界までは通常、二ヶ月くらいかかるのですが、ふたりはその約半分の時間で着いてしまいました。


 魔物に遭遇しなかったというのが、その理由です。



 疾風は、右手に持った鉄製の片手剣を頭の上で振り回しながら強めの口調で語ります。



「ああ、もう! せっかく緊張感持って来たのに、これじゃあ拍子抜けじゃない!!」


「は、疾風! 危ないよ!!」



 マウは、両手でぎゅっと握った杖を疾風の方へ向け、片手剣から身を守るように仰け反ります。



「で、でもさ……疾風、路守蛇さん家の子犬、見つかって良かったね」


「偶然だけどねー」



 それは、疾風とマウがチサイ村を出立する時でした。







「何やってんのよ! マウ!! 置いてっちゃうわよ!」



 村の入り口で待ち合わせをする疾風。右手に鉄製の片手剣を持ちながら大声でマウを呼びます。



「待ってよ! 疾風! 本当にそれだけで魔界に行くつもり!?」



 息せき切って疾風に駆けてくるマウ。それを見た疾風はマウの右手を指差し、こう言いました。



「なに言ってんのよ、マウ。あんただって似たような物じゃない。木の杖だなんて、私より酷いじゃない」



 疾風に痛い所を突かれたマウは、身体を隠すように両手で杖をぎゅっと握りしめます。



「だ……だって、これしか無かったんだもん……」



 その目には、涙が溜まっていました。



「ああ、もう……泣かないでよ、マウ。私が悪かったわよ」


「で、でも……」



 俯きながら、ぽろぽろと涙をこぼしてしまうマウ。それを見た疾風は、左手で握り拳を作るとそのまま腕を折りたたみ、とても小さな力こぶを作ります。



「安心して、マウ。いざとなったら私の業火であなたを護ってあげるから」



 それを聞いたマウは、目尻を人差し指で拭い、ようやく泣き止みます。



「うん……ありがとう……疾風……」



 マウが泣き止んだのを確認した疾風は、自分の前に片手剣を振りかざすと、新ためて決意を語ります。



「じゃあ行くわよ、マウ! いざ魔王討伐へ! そして私はアイドルになる!!」


「お、おおー……!」




 ……と、その時でした。



 疾風とマウは、少し離れた草むらに、泥にまみれ痩せこけた子犬を目にします。



「ねぇ、疾風……あれって……」


「路守蛇さん家の子犬だわ……」



 その泥まみれの痩せこけた子犬は、ふたりと目が合うとこちらに向かって懸命に歩いて来て、マウに振り向く事なく疾風の足の先を舐め始めたのです。



「なんで私なのよ!?」


「何度か助けた事があるからじゃない?」



 路守蛇さん家の子犬は、しばらくの間疾風のつま先を舐め続けると、顔を上げ潤んだ両目で疾風を見つめます。



「くっ……! ううー……」



 頬を紅く染めた疾風は、地面に両膝をつくと、まるで根負けしたかの様に路守蛇さんの子犬を両腕で抱っこしてしまいます。



「でも疾風……この子犬どうするの……?」



 マウの質問に、疾風は子犬を抱っこしたまま立ち上がり、至極当然の様に答えます。



「どうするも何も、路守蛇さんの所に連れてってあげるに決まってるでしょ!?」


「そ、そうね……そうだよね!」



 こうしてふたりは、一度村の中に戻り、子犬を路守蛇さんの所に帰してあげたのでした。






「……路守蛇さん、子犬が帰って来てとても喜んでたね」


「なーんか、出鼻を挫かれた感じだったけどねー」



 疾風は、片手剣を頭の上で振り回しながら答えます。



「だ、だから危ないってば!」


「ご、ごめんごめん……」



 マウに窘められた疾風は素直に片手剣をゆっくりと腰の辺りまで下ろします。


 そんな事をしながら歩いていると、ふたりの前に鬱蒼と生い茂った森が見えて来ました。



 疾風とマウは、お互いに言葉を交わします。



「ねぇ……疾風。これが魔王城の前に存在するっていう邪悪の森なの……?」


「道を間違えていなければね……」



 疾風は、片手剣を目の前の森に突き出すと、腹を決めた様にこう言いました。



「さあ、マウ! 森の中に入ったら、流石に邪悪な魔物達が襲いかかって来るはず! 気を引き締めてね!」


「う、うん!!」



 ふたりはほぼ同時に唾を飲み込むと、慎重に森の中に入って行きます……。

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