第6話 鶴田 昴の涙。
歪んだ結婚生活が始まった。
結婚式は挙げなかった。
歳の差も離れていて接点もなく、出会いのきっかけから何から聞かれても困る。
余命宣告された父の為に
唯一愛した男性の為に
そんな事は言えない。
式の代わりに私と夫になった鶴田 昴、そしてお互いの両親の6人で行われた食事会。
食事の席ではすぐに子供の話をされた。
「美空さんは子供は好きですか?」
必死な義父の血走った目の気持ち悪い事と言ったら無かった。
鶴田 昴はその場で「父さん!」と注意をしたがすぐに余命の事を持ち出して黙らせてしまう。
どうして命を大切に…優人さんは最後に手放してしまったが、優人さんが同じ病だとしても息子がいれば幸せを願い、妻になってくれた女性には相手が勘違いしそうなくらい「2人のペースで良いんですよ。ちゃんと話し合ってくださいね」と言うだろう。
父は鶴田父がトイレに行き、介助で鶴田母と鶴田 昴が居ない時に「昴くんが真面目な子で救われた」と漏らしていた。
バブルの亡霊は私が捨てられて出戻ってきたらそれこそ体裁が悪いと考えたのだろう、しきりに義父の考えに乗って食事の場では「尽くしなさい!昴さんに尽くすのよ!」と言っていた。
同居も覚悟していたが鶴田 昴は私を守るように実家から30分離れた所に住まいを見つけてきた。
最初の夜に鶴田 昴は「仕事はしたいですか?」と聞いてきた。
「いえ、お義父様の希望を考えると仕事に出る事は難しいと思います」
「すみません。なるべく不便はかけないようにします。不満なんかは言ってください。後はここが限界の距離なのですみません。一応容態が悪化したら行かなければならないんです。後、父の容態ではこの距離を歩いてこようなんて思わないので安心してください」
本当に申し訳なさそうに謝る鶴田 昴は見ていられない。
だが優人さんの為にもこの関係を終わらせるわけにはいかない。
鶴田 昴は結婚して半年の間に少なくとも6回ほど泣いていた。
私には涙を見せないように気遣っていたが隠しきれていなかった。
一度目は2人きりの時に鶴田 昴がアレコレと気を遣って話しかけてきた時に「おかまいなく。鶴田さんは折角の余暇ですのでお好きな事をしてください」と言い、邪魔をしないようにしたらリビングを出てベッドルームに引っ込んでしまっていた。壁の薄いアパートなので嗚咽が漏れ聞こえてきた。
鶴田 昴にも大学中退という0ではない原因があったとは言え、ショックで嗚咽を漏らす姿に私は人として何かが終わってしまった実感と共に心が冷たくなるのを感じながらも優人さんの為にも己を捨てて冷徹に生きようと決めた。
それでも鶴田 昴はキチンと食事の時間にはリビングに戻ってきて赤い目で「ありがとうございます。いただきます」と言って綺麗に食べると「美味しかったです」と言ってくれた。
次に泣いたのは初の行為を迎えた時だった。
鶴田 昴は結婚後2週間は行為から逃げていた。
だがどうしても休みというと鶴田家から電話が来て鶴田 昴は「そんな事まで口を出さないでくれ!」と声を荒げた。
どう聞いても子供の事だろう。
見かねた私から「結婚の条件に子供の事がありましたのでいつでも構いません」と声をかけた。
申し訳なさそうに、それでいて私から声をかけられて喜びを隠せない表情の鶴田 昴は「では…、今晩よろしくお願いします」と返事をした。
だがその先で鶴田 昴は泣いた。
鶴田 昴の喜びは行為をしたいからではなく、何も話さない私から話しかけて誘った事にあったと思う。
だがこれは誘いではなくただの申し入れ。
私の誘いは優人さんに見せたあの後先考えない、無理矢理理論武装をして手を引いてホテルへと連れて行く事だ。
行為前、鶴田 昴は震える身体と声で「すみません。俺は初めてです」と言った。
私は初めてを最愛の人に捧げた。
初めての価値を知っている。
だからこそ申し訳なかった。
この人にも初めてを捧げたい人は居たはずだ。
だが運悪くよくわからない相手に初めてを渡す事になっている。
だが同情をしても何にもならない。
「すみません。私は初めてではありません」
そう言って「大丈夫です。わからなければ言ってください」と続けた。
鶴田 昴は辿々しい感じでそっと私に触れてキスをしてきた。
震えていた。
そして泣いていた。
覆いかぶさる鶴田 昴から落ちてきた物は汗ではなく涙だった。
私はあの日、覆いかぶさって必死に動く優人さんの汗が顔に落ちてきた事を思い出す。
汗と涙。
成分は同じと聞いたことがあるがこんなにも違うものかと私は思った。
なんて不誠実な行為だろうと思うと人として何かが終わってしまった実感でまた心が冷えた。
拒絶はしないが応えない。
それが私の出した結論だった。
こんな私に喜ばれても無意味だと思うし、何より応える事はお互いのために間違っていると思った。
終始されるがまま。ただ何もわからない鶴田 昴には「もう大丈夫です。避妊は結構です」と言って受け入れた。
鶴田 昴は楽しかっただろうかと一瞬考えたがそんな訳はない。
無言でされるがままの私相手にも気を使い体重をかけないように、痛くしないようにしてくれていた。
行為後「ありがとうございました」と言ったら物凄い顔をされた。
私は「あの、いつでも受け入れますので言ってください」と言ったら絞り出すように「…わかりました。ありがとうございました」と言い、夜中に横で嗚咽が漏れ聞こえてきた。
屈辱だったのだろう。
一層の事、全てを打ち明けてしまいたくなったがそれは優人さんにも鶴田 昴にも悪い行為だと思い黙っておいた。
鶴田 昴はそれから3日間。
本当に何かと言うと行為を求めてきた。
八つ当たりなのか、私の言葉の真意をはかっているのか、分かりかねたが全部を受け入れた。
無茶をしたせいで身体は痛かったがこれが鶴田 昴を泣かせている罰だと思って受け入れた。
だが3日目に鶴田 昴はベッドサイドに腰掛けて首を横に振りながら泣いた。
その時ばかりは「すみません」と謝り「鶴田さんは悪くありません。泣かないでください」と声をかけた。
鶴田 昴はこんな時でも「いえ、俺こそすみません。3日間、無理をさせました」と謝ってきた。
それからは週に2日から3日のペースで行為をした。
鶴田 昴は真面目な男で私を悦ばせようと必死に私の反応を見た。どんな小さな反応も見逃さずに、反応が出た行為を率先してきた。
私も感覚がないわけではないので身体は反応をする。鶴田 昴は反応をすると嬉しそうにホッとした顔をする。
だが本当の悦びを知っている私からしたらそれを上回る事はなかった。
どれだけテクニックがあろうが優人さんとの行為が1番だ。
5回目は鶴田 昴が懇親の為に日帰りのバス旅行に参加をした後だった。
バス旅行では添乗員さんや同じツアーの老年夫婦から仲睦まじいと誤解をされた。
私は一歩引いて歩く。
人混みでは邪魔になるからと繋いだ手を離し、組むかと誘われて組んだ腕を外した。
それを近頃の若者にはない物だと老夫婦には好感だったのだろう。
褒められ続けたギャップ。
現実との乖離に混乱をしながらもバス旅行を終えた鶴田 昴は帰宅後に私との距離が縮まらなかった事にショックを受けて泣いていた。
夫婦生活の危機だったと思う。
鶴田 昴は私から「鶴田さん」と呼ばれる事をハッキリと嫌とは言わずに嫌がったが名前呼びは優人さんにしかしたくない。
はぐらかすと行為の時よりも辛い顔でベッドルームに引きこもって泣いていた。
きっと彼の好きだった女性は私が優人さんを名で呼んだように名前呼びをしたのだろう。
夫婦生活の危機を感じた頃、妊娠が分かった。
その時はようやく役目の一つを果たせたと思った。
これが優人さんの子供ならどれだけ嬉しかっただろうと思った時、かつて大学の休み時間に近くにいた女子達が「中に出されると記録が残るのか違う男との子供なのに何処かしら似ちゃうんだって」と怪談なのか猥談なのかわからない会話で盛り上がっていた事を思い出した。
そして私の中には優人さんに出してもらったものもある。産まれてくる子は何処が優人さん似なのかもしれないと思うと気分が良かった。
子供ができた報告に鶴田の両親は大喜びをしていた。
きっと今思えばここで鶴田 昴は壊れてしまったのだろう。
取り返しの付かない場所まできた。それが決定的だったと思う。
口数も減ってきて仕事に没頭をし始めた。
それでも真面目で優人さんの次に優しい。
あっという間に冬が来た。
鶴田 昴は転ぶといけないからと手を貸してくれて実家まで来る。
新年の挨拶と妊娠の報告をすると父は喜んだが鶴田 昴の壊れように言葉を失い、語りかける言葉を選ぶ。
バブルの亡霊は変わらずに私を売り込み、鶴田 昴の仕事について聞いてオーバーに喜び続けていた。
だが、私が尽くす女性、幼い頃は思いやりのある子だと売り込みながら古いアルバムを持ち出して説明をして、散々売り込むのに沖田塾に繋がってはいけないと高校から先が載ったアルバムを持ち出さない所で鶴田 昴は気持ちの悪そうな顔をしていた。
私はお腹の張りを理由に自室で少し休むと言って篭ると机に置かれた沖田 海さんの封筒を開ける。
封筒には結婚生活はどうか、今は幸せかと書かれていたがどうでもいい。
必死に必要な部分を探す。
あった。
海さんは旧姓に戻さずに沖田として生きていてキチンと優人さんの墓守をしてくれていてお彼岸にはキチンとお墓参りをしているとあった。
一周忌もしてくれていた。
良かった。
優人さん。良かったです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます