天才死霊術士の私は、 有能指揮官に冷遇され雑用役に追いやられる。

ネイト二世

#1 存在価値を奪った男


「……君が、死霊術士だな」


 新しい指揮官として現れた若い男は、白髪に赤目という噂通りの私の容貌を見て言った。


「ええ。お初にお目にかかりますアルフォンス様。共に戦えてとても光栄ですわ。私はクラリス。この力を用いて、貴方様と聖教国の為に誠心誠意の働きをお見せします」


「そうか、だが先に言っておく事がある」

 男は無表情を崩さずに私に宣告を下す。



「君の力は必要ない。生も死も冒涜する忌まわしき死霊術など」



「…………え?」


 にわかにはその言葉が信じられなかった。その男は私の無二の価値を不要と断じたのだ。



◆◇



 私はずっと、死霊術によって自らの存在価値を証明してきた。


 長きに渡り続いている、私が生まれた聖教国と帝国の戦争。

 私は二年前から戦場に立ち、死霊術の力で敵を征討する役目を果たしてきた。




 アルフォンスという名の新たな指揮官が現れる前日の夜、私は敵方である帝国の駐屯地を奇襲すべく少数の兵と夜の森を行進していた。


 私達の横で荷馬車によって運ばれているのは、数日前に討伐された魔獣の死骸。たおされてから一週間は経っているそれは、おぞましい姿で腐臭を漂わせ始めている。


「止まれ、この辺りで充分だろう。クラリス、取り掛かってくれ」

「はい、承知しました」


 そして私は、指示された通りに術を行使する為の準備を進めてゆく。


 敵兵の死体から得た血を触媒として魔法陣を描き、魔獣を数人掛かりで横たえてもらう。これほどまでに巨大で強大な生物に対して術をかけるのは初めてだが、問題ない。


 私は、死霊術の詠唱を開始した……



「グルルルゥゥゥゥ…………」


「……成功したか」

「ひっ……まさか本当に、あんなでかいのが……」


 ……よし、成功した。やはり私の才能は特別だ。

 先程まで魂が失せた死骸でしかなかったそれは、所々が腐乱した肉体のまま立ち上がり、白濁した眼を開き呼吸もせずに硬直している。


「よしよし、私達は敵ではないわ。真っ直ぐに進んで、見つけた敵を掃討しなさい」

「ガァァァウッ!!!」


 死霊術によって動く屍となった魔獣は、私が命じた通りに一直線に突進していった。


 そして数十秒後に森の奥から聞こえたのは、帝国兵の恐慌する悲鳴と魔獣の唸り声。

 獰猛な遠吠えが勢いを増すごとに、恐れ慄く人間の絶叫は徐々に少なくなっていった。


 そこではどんな光景が広がっているのだろうか。きっと酸鼻を極める血と肉の海なのだろう。死霊術を行使するたびに、私に降り積もる業は増えてゆく。

 随伴する兵士達は耳に入る敵国兵の断末魔への嫌悪を露わにしたのち、各々の感想を口に出した。


「帝国の奴らも不憫だな。まさかこんな森でいきなり魔獣が出るなんて予想外だろうよ」

「あんな怪物を生き返らせるなんて……死霊術も化け物みたいな力だよな」

「だがその化け物の力で、俺達は危険を冒さずに済む。クラリスに感謝しなくちゃな」


 化物……私の術を見て多くの者が評した。だが私はそれを恥じることはない。

 これこそが今や誰にも取って代わられることはない私の力。

 これからも私は、天賦の才能によってその存在をこの世に残すのだ。



 ……そう、何も持たなかった裏通りの孤児であった私の存在を。

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