賢者は空を見る …… 2
どんなお相手をお望みですか? ルナウの質問に『なにしろ美しいこと。それ以外、望むことはない』、ハーバデシラムはそう答えた。
ルナウはメモを取りながら、
「美しいと言っても色々あると思いますが、具体的なご希望はありますか?」
と、さらに訊いた。これにはハーバデシラムもどう答えたものか迷ったようで、少し間があく。
「ふむ……優しく微笑む人形のような? できれば人間がいい」
「人間のお嬢さんをお望みですか?」
「うん、ケンタウレでなければ、人間でなくてもいい。でもエルフもダメだ。獣人でも可愛ければいい、猫族とか
「大丈夫……」
メモの手を止めてルナウがハーバデシラムを見た。
「たぶん、という事は、違う場合もあると受けてめてもいいのでしょうか?」
「実は、獣人とは会ったことがないのだ。知識としては持ち合わせている」
「なるほど、判りました――なぜ、ケンタウレやエルフはダメなのですか?」
「どちらも知恵がありすぎる。だから気位が高く、他者に冷たく、自分勝手で融通が利かない」
窓際に隠れて話を聞いていたナッシシムが、それ、自分にも当てはまるよね? と、思っていると、同じようなことをルナウが訊いた。
「エルフはともかく、同族をそう悪くおっしゃってもよろしいのですか?」
「フン、ケンタウレほどとんでもないヤツ等はいない。ツンと済ましてニコリともしない。風が雨を連れてくる、など、ケンタウロスなら判り切ったことを偉そうに口にする――わたしはね、ルナウさん、優しい微笑みをわたしに向けてくれる相手が欲しいのだ」
「そして優しいだけではなく、美しくなくてはダメ」
「そう、その通り、わたしに釣り合う美しさ、それを欲して何が悪い?」
「悪いなどと思っていませんよ」
ルナウが優しい笑みをハーバデシラムに向ける。
「いやあ、ルナウさん。あなたが女性でないのが残念だ。あなたほど美しく優しく微笑む人が傍にいてくれたら、こんなに幸せなことはないだろう」
「……ハーバデシラムさんにはぜひ、お幸せになっていただきたく、できる限りのお手伝いをさせていただきます――えっと、お相手は女性限定でよろしいですね?」
「うん? 男が男を希望するとでも?」
「ない話ではございません。ご希望ならば、男性に男性を、女性に女性を、お引き合わせすることもあるんですよ」
「それを結婚というのか?」
「人それぞれ、愛し合うパートナーとともに生涯を過ごす、これを結婚というのだと考えています」
「だが、それでは子どもができないだろう?」
「子を望む望まないもそのかたがた次第。中には養子を考える方もいますね――ハーバデシラムさんは『子どもが欲しい』とお考えですか?」
「そりゃあ、まぁ……」
「そうしますと、お相手の種族が限定されてきますよ――失礼ですが、ハーバデシラムさんとの子作りは人間の女性には堪えられそうもありません。壊れるか、下手をすれば死んでしまいます」
「ルナウさん、言い難いことをあっさり言うんだね」
「はっきりさせておいたほうがいいことです」
「うん……いや、別に交わる相手を探しているんじゃない。子はいらない。交わることもしない」
「それほど人間の女性と結婚したいのですか?」
「いや、だから人間じゃなくてもいいのだ。優しく微笑んでくれさえすれば」
「あぁ、そうでしたね、獣人でも可愛ければ可、でした――優しく微笑み、交わりを求めない女性、ですか」
ルナウが考え込む。
「難しいか?」
「難しいですねぇ――」
ため息をついてハーバデシラムがお茶を飲み干し、置かれたカップにルナウがポットのお茶を注ぎ足す。
「ルナウさん、ルナウさんはどうやって相手を探すんだ?」
「相談に来られた方のお相手、と言う事なら、まず登録者の中から探しますよ」
「登録者?」
「はい、わたしに依頼しているかたのリストです」
「ほう、それを見せて貰うわけには?」
「あいにく出来かねます。結婚相手を探していると、他者に知られたくない人も多いのです」
「うん、わたしもそうだ。特に同族には知られたくない」
「決まったかたがいない場合、お相手探しに真っ先に思いつき、一番成功率が高いのは同族のかたのご紹介。ハーバデシラムさんはそうはなさっていないのですね」
「フン、ケンタウロスってヤツは自分が一番賢いと思い込んでいて、他者は同族だろうが下に見る。そんなヤツに頼めるものか」
「おや、ケンタウロスの結束は固いと聞いていますよ」
「それは同じ目的を持った時だけだ。普段は寄り付きもしない。皆それぞれ、空を眺めて星を読んでは自分一人で納得して、その内容を他者に話すこともない。星を読むこと以外でもそんな感じだ」
「ハーバデシラムさんはケンタウロスがお嫌いなのですか?」
「いや……なにも、嫌いとまでは――で、そのリストにいい相手が見つからないとどうなる?」
「その時は、心当たりにあたったり、知り合いに聞きまわったり……それでもダメなら魔法使いのネットワークを利用します」
「おぉ! それは心強い! 必ず見つけてやると言われた気分だ」
「えぇ、ハーバデシラムさんが本気でお相手を求めるのなら、必ず見つけて差し上げます」
「必ず、なんだな?」
「はい、必ずです、お約束いたしましょう。ただ、それには先ほど言ったリストへの登録をお申し込みください。登録は無料です」
「登録するとどうなる?」
「登録することでわたしとの契約成立です。ご成婚の際には代金を頂戴いたします」
「うん、たしか
「はい、砂金や小麦粉でも構いません。それ以外でも――小麦粉だと大量になり過ぎて、あまり嬉しくないのですけれどね。置き場所に困ってしまいます」
ハーバデシラムがワハハと笑う。
「うん、判った。砂金ならたくさんある。砂金を持ってこよう」
「ご成婚が決まってからですよ――では登録いたしました」
最後にもう一つ伺いたいことがあります、とルナウがハーバデシラムに向き合う。
「ハーバデシラムさんは結婚したらどんな生活を送ろうとお思いですか?」
「そんなこと、考えたことがない」
「では、考えてみてください。よくよく考えてみてください。眠るのは昼なのか夜なのか、どれくらいの時間なのか、どんな食物や飲み物をどれくらいの量、いつ摂り、何をして一日を過ごすのか、できるだけ具体的に考えて、次回いらっしゃるときに紙に書き出してお持ちください」
「話すだけではだめか?」
「はい、必ず書いてきてください。書けたらご予約を入れ、またいらしてください。いいですね?」
少し不満げなハーバデシラムだったが、判った、と頷く。するとルナウはナフキンを出して、ハーバデシラムが手を付けなかったケーキを包んだ。
「こちらはお持ち帰りになってください。召し上がらないのなら、他の事にお使いになっても構いません。森には小鳥や小動物も多いことでしょう。それと……」
テーブルの花瓶からアマリリスを抜き取ると、厚めの布を出して切り口と茎を包んだ。
「アマリリスも差し上げます。お気に召したようなので、愛でてやってください。花言葉は『輝くばかりの美しさ』『誇り』などです」
楽しみにしていると言ったのはお世辞らしい。ケーキに迷惑そうな顔をしたハーバデシラムだったが、アマリリスの花は嬉しそうに受け取って帰っていった。
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