泡沫の夢より

カナンc

水晶空間で

私は水晶の世界に長い間閉じ込められていた。

幼い頃、ここから出るな、と言われた。大抵の人間は閉じ込められたら正気でなくなるであろう空間に。

『食事や風呂はこの水晶の空間にある。なので不便はない』

辺りを見回しても水晶でできた空間のみだ。私が不満を漏らせば、彼の声が微かに聞こえてきた。

『出ようと思えばいつでもね。君も退屈してるだろう?』

彼の姿は一度だけしか見たことがない。背が高くて声はテノール歌手を思わせるような。

水晶の世界が退屈だったと言えばそうでもない。六角柱状の水晶の結晶が群生した場所もあり、そこは浄化されていた。

クラスターは六角柱状の先端がいくつも連なっているため先端があらゆる方向に向いており、広い範囲にエネルギーの放射を行なうとされている。

一柱の美しい女神が一度だけ私のいる水晶の世界に訪れたことがある。

女神『私は女神。またの名はクォーツね。貴女は?』

クォーツという名の女神が私に訊く。名前か。

水晶みあきです。水晶って書いてみあきですよ」

クォーツ「みあき?良い名前ね。私は浄化を司る女神で世界の邪気を祓うの」

世界の邪気ですか。貴女はまさに水晶そのものですね。

私はクォーツと一緒に水晶の世界から出た。水晶は特に浄化効果・調和の力が強いらしい。

私とクォーツの縁もそこから来たのだろう。


少女の意識が飛ぶなかで女神クォーツの声が耳元で聞こえた。

クォーツ「チャンスよ。貴女、彼に会いたい?」

彼か。一度だけしか見たことがないあの青年に私は確かに好意を寄せていた。

「会いたいですよ。でももっと劇的な出会いを期待してましたが」

私の言葉にクォーツが悪戯な笑顔を見せる。

クォーツ「水晶みあき、これは貴女を自由にするための試練よ。もうこのチャンスはないかもよ?」

私は暫く沈黙する。クォーツがせっかくチャンスを与えてくれたのだ。

このまま彼に会えずに終わるのは自分として納得がいかない。

「分かりました。彼に会わせてください」

クォーツ「貴女も可愛いわね。最初からそう願えばよかったのに」

クォーツの呪文で私は異空間へと飛ばされた。


私は砂浜にいた。スニーカーを脱いで素足になる。

打ち寄せる波で足を濡らす。南の島でもなさそうだし、あの水晶の空間とはだいぶ違う。

潮風が私の髪を揺らす。海にはうまれてはじめて来た。

中年の女性が日傘をさしながら去っていく。

水晶みあき

私のうしろで誰かの声がした。声の主はあの水晶の空間で出会った彼だった。

「あなたはいつぞやの?」

私の問いに彼がそうだ、と言って肯定する。

「俺は君が心配だった。あの水晶の空間で独りぼっちの君を助けたかった」

青年は私に手を差し伸べる。

「行こう、水晶みあき。俺と一緒に」

私は差し伸べられた手を握る。

水晶世界に閉じ込められていた少女は一人の青年と再会することができた。

二度とあの水晶の世界には戻らない、思い出さない、と私は思った。

クォーツという女神に感謝しながら、私は彼と共に生きていく道を選んだ。






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泡沫の夢より カナンc @kananc58

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