第170話 旅立の日
俺が優雅にのんびりとしているとパールが話しかけてくる。
「マスター、本当によろしいんですか?」
「何が? 勝手に抜け出してきたことか?」
「それもそうですけど違います。私が言いたいのは避難船で移動してよいのかという事です。旅というのは時に歩き、時に馬に乗り、人との一期一会の出会いを大切にするものではないでしょうか?」
「どこで学んだのかは知らないけど一理あるな。」
確かに何か物足りないと思ってたんだ。馬かぁ…。でも今日は天気悪いしなぁ。
「マスター、人とのふれあいでしか学べないこともあるんですよ?」
「…お前はどの目線で言ってるんだ? まぁ、俺も退屈してたところだ、帝国を抜けたら馬を買って地上から行くか。」
「分かりました。そういうことなら全速前進で向かいます。」
パールがそう言うと、静かだった避難船が少し唸る。そしてそれに伴い、避難船の速度が急上昇する。
速い速い、速いって。壊れない?、大丈夫? というか絶対俺に対する嫌がらせだろ、このやろう。
「…パールさんや、少し飛ばしすぎでは?」
「マスターは転移が使えるから実感しづらいかもしれませんが、帝国の領土は広いんですよ。端から端まで馬の移動でも数週間はかかるくらいには。まあ、軍馬だと大幅に短縮されますが…。ですからこのぐらいでちょうど良いのですよ。」
「頼むからモンスターに衝突しないでくれよ。」
「勿論です。まぁ、ぶつかったところで弾けるのはモンスターの方ですけどね」
「そりゃ、安心だ。ちなみにどのくらいで帝国を抜ける?」
「一時間ぐらいですかね。」
一時間!!、どんだけスピード出してんだよ?
「…ちなみに目的地はトランテ王国か?」
「はい。街に入るには身分証が必要ですが、どうします? 偽造します?」
ノリが軽い。身分証の偽造って重罪だと習った気がするんだが。
「なくても大丈夫だっけ?」
「街に入る前に金貨一枚払えば問題ありませんね。ただ一部の施設が使えなかったり、マークされたりしますが。」
「その程度ならいいだろ。でも金貨一枚って高いな。」
「犯罪者を招き入れるわけにはいきませんからね。入場料を払えるくらいにはお金を持っていないと。」
「世知辛いねぇ。ということは街生まれの貧しい奴は外に出れないのか?」
「そうなりますね。一度でも外に出てしまえばお金が発生しますから。でも貴族以外の大半の人は冒険者ギルドでカードだけを作ったりしてますけどね。」
「貴族が住民を登録したりしないのか?」
「しませんね。ギルドのような魔道具はありませんし、いちいち紙に書くわけにもいきませんから。」
ふーん、ギルド有能すぎだろ。無くなったら大混乱じゃないか?、まぁ無くなることはないんだろうけど。
「へー。ところでさ、今日は避難船に泊っていいよな。雨だし。」
「駄目です。これから雨の日はずっと避難船に泊るんですか? そういうわけにもいかないでしょう?」
「別にいいんじゃない?」
よくよく考えれば田舎の方とか絶対ぼろい宿だしな。そもそも宿があるのかっていう次元じゃないか?
「はぁ。マスター、若いうちに色んな経験をしておきましょう。それが大人になった時に役に立つはずです。」
前世じゃ大人になる前に死んだんだけどな。
「…そこまで言うなら仕方ない。体験してやるよ、下々の生活をな。」
「嫌な奴ですね~。」
「でも高級宿だけはゆずれない!!」
「分かりました。」
〈高級宿なんてそこそこの都市にしかないんですけどね。いい経験になるでしょう。〉
「はぁ、なんか面倒になってきたな。」
いっそ世界一周旅行にすればよかったか。それなら避難船で寝泊まり出来たな。くそっ、しくった。
「何を今更。どうです?、時間はありますし、嫌なことは忘れてトランテ王国につくまで戦場チェスでもしませんか?」
「ああ。でもお前は6枚駒落ちだからな?」
「ふ、いいでしょう。受けて立ちます。」
こいつ人工知能なだけあって本当に強いんだよな。平手だと俺はもう心が折れそうになる。
あれから戦場チェスで時間を潰していると、どうやら到着したようだ。
「マスター、着きました。あれがトランテ王国で最も西にある町ですね。」
「…とうとう来てしまったか。あれをくれ。」
「了解。」
パールからイヤホンらしきものもらい、耳につける。
しかしこれは凄いな。付けてる感覚はあるのに外そうとはならないもんな。すごく耳にフィットしてる感じ。
(ハッチを開きます。)
(ああ。)
外に出ると雨はマシになっていたが、風が強かった。
(どうします、幻術で顔を誤魔化しますか?)
(いや、めんどいから使わない。このままでいこう。)
今の俺は制服じゃなくて私服だし、バレることはないだろ。
じゃあ、行きますか。転移!!
(雨具も買わないといけませんね。)
(ああ。そういや、今いくら持ってたっけ?)
(白金貨514枚、大金貨2枚、大銀貨7枚、金貨3枚、銀貨5枚、銅貨1枚ですね。)
(多いな。お金を気にしなくていいのは助かるな。)
(ですがジルギアス王国では大陸通貨は流通してませんからね。ジルギアス王国の通貨と交換する必要があります。)
(マジか。でもまぁ、東部諸国連合のどっかで変えれるだろ。)
(ですね。)
さて、なら行くか。
町までまだ結構離れているので、風魔法で若干浮いて移動する。それとリュックを背負っているように幻術で見せる。
さすがに手ぶらのガキだったら怪しいからな。それと――
(財布くれ。中身は割と多めに頼む。)
(了解です。)
ちっ、まだ結構雨降ってんな。いろいろと準備もあるし、今日はここで泊まりだな。
そんなことを考えていると門が近づいてきたため、普通に走って向かうことにする。
「ハァハァ、すいません。街に入りたいのですが?」
「身分証はあるか?」
「いえ、ありません。」
「なら金貨一枚が必要だが?」
「分かりました。」
事前にパールから受け取っていた財布を取り出し、支払う。
「よし、入っていいぞ。あとこの紙はなくさないようにな。なくしたら面倒なことになるからな。」
「はい。ありがとうございます。」
へぇ、そういうところはしっかりしてるんだな。
(無事に侵入成功ですね。)
(泥棒みたいに言うな。とりあえず、宿の予約だ。)
雨が降る町を走り、宿を探す。
(マスター、あれがこの町の高級宿ですね。)
(あれか。サンキュー、助かった。)
「ガチャ」
「いらっしゃいませ。お一人でよろしいでしょうか?」
子供に対してこのサービス。さすが一流の宿。
「ああ。一晩泊まりたいんだが、空いてるか?」
「はい。空いてはございますが…。大銀貨五枚ですが、宜しいですか?」
あーね、やっぱり俺が払えないと思ってるんだな。まぁ、俺も宿側の人間だったらそう思う。
「ああ。…ほれ、これでいいだろ。」
「!?、はい、確かに頂戴しました。部屋に案内いたしますので付いてきていただけますか?」
「ああ。」
店員に案内された部屋はなかなか綺麗な部屋だった。
「お客様。こちらが鍵となっております。宿を出る際は、受付で渡すようにお願いいたします。」
「分かった。」
「ではどうぞごゆっくり。」
そう言うとスタッフは出ていった。
(どうされますか、マスター。)
(とりあえず順番は違うけどトランテ王国から回っていくか。どっちみち回る予定だったからな、少し早まっただけだ。)
(了解です。)
(とりあえず、今から買い物に行くぞ。明日の朝には王都へ向かいたいからな。)
(分かりました。)
ーー会議が終わった後ーー
〈くそっ、シャンデリアめ。父上も父上だ、どうして辞任させなかったのだ。〉
エンベルトの顔は歪んでいた。自分がシャンデリアを追求しなくとも皇帝である父が許すはずがないと思っていたのだ。だが、逃げ切られてしまった。それだけではない、隔絶した雰囲気のシャンデリア。あれを確かに見たのだ、自分は。
(――いつだったか?)
「おや?、これはこれはエンベルト兄上ではありませんか? 険しい顔をしてどうされたんです。」
前から歩いてくるのは双子の皇子。自分に対して敬語を使っているが、本心から敬っていないのは目を見ればわかる。
「…こんなところで何をしている?」
「私も皇族の端くれ。このような帝国の危機に動かないわけにはいかないでしょう。そろそろ会議が終わった頃かと思いまして、父上に私たちに何かできることがないのか、聞きに行くのです。」
〈くく、兄さん。性格が違いすぎるよ。もはや別人だよ。〉
「ふん、どちらにせよ、お前たちの出番はない。大人しく部屋に戻れ。」
「つれないですねぇ。そんなに怖かったですか? シャンデリアは?」
その言葉にキッとリーバーを睨みつけるエンベルト。だがリーバーの瞳は凍えきっていた。
「…!!、貴様何を…」
だが言葉が続かない。
漏れ出す雰囲気、空気、しぐさ、態度。そのすべてがシャンデリアを上回っていた。まさに覇王。しかしリーバーは完全にコントロールしているのか、圧を感じているのはリーバーの周囲だけだった。
〈さすがだね、兄さん。それでこそ僕の兄さんだ。〉
「その様子じゃ、シャンデリアを仕留めそこなったんだろ、ええ゛!?」
「…」
〈…そうだ、あの時だ。あの時の父上の目だ。〉
最早言葉も出てこない。心が、魂が、ここから一刻でも早く去りたいと叫ぶ。だが足が動かない。
「ハッ、腰抜けは引っ込んでろ。お前らもちゃんと見極めた方がいいぜぇ。まだ今なら間に合うからなァ。」
リーバーが標的としているのは取り巻きの貴族。いくらシャンデリカが怖かったとはいえ、絶好の機会を逃したエンベルトに不信感を抱いているのは少なくない。
その後にシャンデリを上回るコレを見せつけられたならば―――
〈この兄弟につくべきか。〉
〈やはり婚約を止めておいてよかった。〉
〈どうするべきか。〉
ぐらついてしまうのも至極道理。
「いくぞ、ゼル。」
「うん。分かったよ、兄さん。」
「ではごきげんよう。」
後に残ったのはプライドが打ち砕かれたエンベルトと、このままでよいのかと思案する貴族たちのみだった。
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