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あんとんぱんこ

第1話

老婆、転生する。

なんの因果か、私は異世界に転生した。


昭和13年生まれの80を過ぎたお婆ちゃんになった私は、見事に呆けることなく老衰で天寿を全うした。

3人の孫のうちの一人とその嫁と小さな小さな曾孫に見守られて、2人の娘に手を握られて、先だった夫の姿を瞼の裏に映して、目を閉じたのだ。

概ね、幸せな一生だったと思う。悔いがあるとすれば、ひ孫の靴下を編み切れなかったことくらいだ。3人の孫たちの分は、全部私の手編みだったのに…


閉じた目を開くと、金髪碧眼のお嬢さんと銀髪紫眼の青年が私を覗き込んでいた。

何やら訳の分からない言葉でしゃべっていて、とても怖くなり泣いてしまった。

大きな手が、ぬっと覆いかぶさってくる。怖い、怖い、こわ…あれ?抱き上げられて揺らされて、眠くなって来た…そして、意識を手放す刹那、唐突に『これが転生ってやつか!!』と理解した。孫が今流行ってるんだと、何年か前に教えてくれた話の冒頭に似ている。信也、ばぁちゃん、転生しちゃったよ…


そこからは、乳を飲み泣いて眠って言葉を覚えて発して、初めに目にした2人が両親だと理解して、名前も自分を含めて4人分ちゃんと覚えた。

私がフローリア、金髪碧眼の母ソニア、銀髪紫眼の父ボスコ、そして兄アベル。

4歳年上のアベルは、殊更可愛がってくれる。たまに、私の嫌いなゲジゲジした大きな虫を頭の上に置いてくれるけど…概ね、幸せな家庭の様だ。大金持ちでは無い様だけど、極貧でもないみたいで水のような味のないスープが出てきたことは無い。


1歳の誕生日を前に、やっと一人で立って歩けるようになった。まぁ、そりゃ、まだフラフラしてるけども。這いつくばって床掃除をするのも飽きたし、歩けることが楽しくて今もフラフラと父と兄の間を行ったり来たりして、両親と兄のご機嫌を取りながら暇をつぶしている。


私が3歳になる時には、兄アベルは7歳になり、もうすぐ初等科の学校に通うらしい。小さな開拓村の小さな学校は、さながら寺子屋。簡単な文字や計算を、大人の誰かが日替わりで教えてくれるらしい。私はまだ、文字を見たことがない。そのうち習うでしょ、急がない急がない。だって、3歳だもの。とりあえずは、庭で洗濯を干している母さんの足元で走りまわって体力づくりよ。1歳2歳3歳と誕生日に貰った、父さんお手製の木のおもちゃで、何十年かぶりのおままごともちょっと楽しくなってきた今日この頃。


フローリアになって5年、その頃になってやっと、自分の体が自由に動くようになってきた気がする。5歳にもなれば、運動量も増えて言葉も流暢に話せるし、お手伝いも出来る様になった。開拓村だけあって殆どは畑仕事だが、たまに獣が山から下りてくる。父さんや村の男たちが武器を片手に出かけていくと、何かしらの成果を上げて帰って来るのだから、そこからは母さんたち女の仕事だった。アベルと私は、見てるだけ…ではなく、ちゃんと獲物の解体や片付けを手伝っている。皮や素材は村長がまとめて大きな街に売りに行くらしく、村長宅に一時保管。肉は、村の全員で家族構成によって公平に分配。開拓村ならではの、一蓮托生・連帯責任・一心同体感が凄い。


この頃になると私は、母さんが年越しの何か月か前の頃になると次の年にみんなが着る服の準備を始めることに気付いた。収穫期が終わってから年越しまでの短い時間に、家族4人の下着から上着までの裾や袖を伸ばしたり詰めたり、膝や肘の補強なんかもしている。日本の四季がずっと緩くなったようなこの世界の気候は、1年を通して過ごしやすいが、やはり暑さと寒さは、ちゃんとある。

この開拓村では、畑の作物や討伐した獣たちの素材を売ったお金が、給料として村長から一軒ごとに支払われている。まだまだ少ない給料の中で食費も日用品も衣料品も揃えるのだから、裕福ではない。だからこそ大事に服を着て補強したり作り変えたりして、使いまわしている。

そして、母さんは針仕事が得意な方じゃないし、仕方なくやっているのだと知ってしまった。たまに、すんごい勢いでため息と愚痴を込めながら縫っているのを見てしまったのだ。

もう少し大きくなれば、私も手伝ってあげられるのにとヤキモキしてしょうがない。私が代わってあげたいけど、針を持つことを許されないからなんにも出来なかった。ずっと針と糸に触っていない。触りたい、刺したい、縫いたい。私のフラストレーションは、今日も溜まる一方だ。

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