第2話 ダンスと恋する二人
やがてダンスの時間がやってきた。
長引いた会議が終わったのか、その頃にちょうどグレンが会場にやってきた。
鮮やかな栗色の髪。瞳は青く澄み渡っている。背筋はピンと伸びて、顔は精悍で勇ましく、穏やかさを内包しながらも次期国王としての威厳をすでに携えていた。その表情は険しく、柳眉は顰められていても、彼の美しさは損なわれていない。
喜色をみせたのはレティシアである。彼女は駆け寄るようにグレンに近づく。何事かを話したあと、グレンの手がゆっくりと持ち上がった。
レティシア王女が差し出された手をとる。
そっと近づく2人を見ていられなくて、ルーラは目線を静かに下げた。
殿下とのダンスは王女が最初に踊る。当然といえば当然だ。しかしルーラとしては今までは自分が一番はじめに踊っていたという事実を思い起こすばかりであった。
下げた視線を再び上げたのは、グレンが誰かと踊っているという珍しい光景を、見ておかないともったいない。などと思ったからかもしれない。
美しい音色が奏でられる中、優雅にグレンは踊っている。そしてレティシアも。さすが王女というのは、不敬だろうか、ルーラは美しく踊るレティシアを見ながら思った。
「さすが王女様ですわ、すてきなダンス……」
ルーラの飲み込んだ言葉を、側にいた令嬢の1人がうっとりとつぶやく。同意するように他の令嬢たちも頷くが、一部の令嬢たちの表情はなんとも言えないものだった。
先程の一連のやり取りを見ていたからだろう。レティシアの癇癪のような叫びも、当然まだ記憶には新しい。
「会議が長引いて、あの場面に殿下や宰相様がいらっしゃらなかったのが、残念でなりませんわ」
棘のある言葉を扇に隠して囁く伯爵令嬢に、ルーラは思わず笑ってしまった。
「ミランダさんたら」
「だって、ルーラさんもそう思いますでしょ? あの金切り声ときたら、さすがの宰相も驚いて婚約なんて言い出さないのではないかと思います」
冷めた目でミランダはため息を吐き出す。
伯爵令嬢ミランダとは、グレンの婚約者の座を巡って対立したこともあるような関係だった。しかしレティシアが来てからというもの、ミランダは「あの王女に差し上げるくらいなら、ぜひルーラ様が殿下と婚約してください」と言うまでに至っている。
それもこれも、陛下、殿下、宰相、と今回の対談で大きな発言力を持つ者がいない場所で、さんざんルーラたち婚約候補者たちを、レティシアが貶すからだ。そういうことがあってから、ふたりはルーラさん、ミランダさん。と呼び合う関係になっている。
――令嬢たちの結束が高まったと言う意味では、彼女が来た意味もあったのかしら。
などと思うルーラだった。
音が鳴り終わり、ダンスが終わった。
レティシアとグレンが中央でお辞儀している。これで2人のダンスは終わりだが、レティシアが望めば二度目もあるかもしれない。あるいはグレンが望めば。もしそのようなことになれば、2人の仲は問題ないと言うことにもなる。
少なくともあの王女の癇癪を見た者は、グレンが次にどう行動するのかをひどく緊張してみていた。
その視線を受けているグレンが、さっと体の向きを変える。
「ルーラさん」
どこか心ここに在らずであったルーラは、ミランダに呼びかけられてハッとした。
気づけば目の前にグレンが立っていた。
無言で手が差し伸べられる。
本来ならば、誘いの言葉を言うものだが、グレンは唇を引き結んだままだ。そんな頑なな態度がむしろ好ましく見えて、ルーラはわずかに唇を綻ばせると、そっとその手を取った。
グレンが二番手に選んでくれたことが嬉しかった。
他の令嬢たちもわずかにほっとした様子を見せる。
曲が流れはじめ、ルーラの黄金の髪がふわふわと揺れた。
中央に躍り出た2人をレティシアが見ている。
ルーラはその視線を感じながらも、今は何も考えまいと思考を遮断する。そしてそっとグレンの横顔を盗み見た。
「……どうした」
低い声が、ルーラの耳朶を打った。
グレンが、視線を合わせることもなく囁いたのだ。顔を見ていることに気づいたのだろうということがわかり、ルーラはわずかに恥ずかしさから頬を染める。
「いいえ。ただ……このように近くにいるのは久しぶりです」
反応するように、腰に回された腕に力が入ったことがわかった。
「殿下?」
「すまない。忙しくて、手紙も出せなくて」
本来なら会う必要も、手紙のやり取りだって必要ない。なぜなら2人は婚約者ではないから。けれど、時が来れば婚約することになると、2人とも疑っていなかった。だから親しくしていた。なによりも、2人は幼い頃からの共に育ったも同然。会わないことの方がおかしく感じるほど、距離が近い関係だった。
「仕方ありません。大事な、時期ですから」
「君は、それでいいのか」
ルーラは黙った。それでいいのか。レティシアと婚約して、会えなくなってもいいのか。そういう意味ならば、よくはない。だが、国として国交を結ぶことを望んでいるのか。と言われれば、そうなれば良いと思っている。
どう答えればいいのかわからない。
「……すまない」
「え?」
「意地の悪い質問だった」
グレンは静かに謝った。
2人のダンスは息があっていて、いつものようにピタリと合わさっている。そして心も。けれど、それは国という大きなしがらみの上では、もろい繋がりだったのだと、ルーラはようやく気づいた。
ダンスが終わる。
2人そっと離れる。
ルーラは微笑んだ。
「ありがとうございました。殿下」
あらゆる思いを込めて言葉を紡ぐ。
グレンもまたあらゆる思いを詰め込んだ表情で、ゆっくりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます