夕方の索漠

春嵐

第1話

 人の行き交う、交差点。ちょうど、昼から夕方にかけて。これからどこかへ行くひとと、これからどこかへ帰るひと。そのちょうど交差する、駅前。


 歩道橋の上から、眺めている。

 ご丁寧に、近くにはベンチもある。それでも、この歩道橋にひとはいない。みんな、下を歩いている。そのほうが近いし便利だから。


 この、歩道橋のような。そんな人生だと思った。誰とも交わらない。便利さも器用さもない。ただ眺めが良いだけ。それだけのわたし。何も。何もない。


「お。ひとがいる。珍しいな」


 男。

 黒のパンツと、白のジャケット。いや灰色か。白いけど、派手ではない。光沢がないせいだろうか。


 歩きはじめる。男なんて。


「ストップ」


 止まる。止まってから、なぜだろうかと、考える。なぜ止まった。男なのに。


「すまんね。任務柄にんむがら


 隣、近くも遠くもない絶妙な距離。

 歩道橋の手すり。下。交差点。人。


「警官?」


「お。いいね。察しがいい」


 男。軽く笑っている。違うのか。警官ではないけど、警官に近い、何か。


「ん」


 それにしても、若い。よく見たら、自分より若いかもしれない。


「俺に何か用かい?」


 しまった。見てるのがばれた。

 歩道橋の下に目を戻す。


「赤い服。女性。手に傘」


 言われた人を、つい探してしまう。


「いた。左奥」


「いいね」


 なにやってんだろう。わたし。


「いつも、ここに?」


「あなたは、なにもの?」


 質問返し。交換条件です。質問ひとつにつき、ひとつ。


「俺から答えろってか?」


 頷く。きたいなら、そっちからまず話しなさいよ。男でしょ。男。男が、なんだっけ。いややめよう。頭が混濁してくる。男。好きな男が。


「おまえ。なんか混乱してるな」


 えっなんでわかった。


「けっこう、顔に出てる」


 まじか。


「個人情報は特に、言うこともない。一般男性。周りからは遥井はるかいと呼ばれている。偽名だけどな」


 遥井。意外と普通の名字。


「わたしは、特に意味なくここにいる。暇だから?」


「嘘だな」


「あなたの回答も嘘じゃん」


 嘘には嘘で。


「殺しをやる」


 えっほんとに?


「殺し?」


「殺しだよ。命を奪う」


「うそ」


「どうかな」


 嘘を言っている人間の顔では、なかった。本当に。何かを殺しているのか。


「狐を殺してる」


「検疫、みたいな?」


「まぁ、そんな感じ」


 あ。

 わたしの番か。


「ひとが少なくて。ひとに見られないから」


「そうか。ひとに見られるのがいやだけど、ひとを見下ろすのはいいってわけだな」


 そうか。言われたら、そうかも。


「邪魔したな」


 男は、そう言って、去っていった。






 次にこの男の顔を見たのは、新聞の事件欄だった。しんでた。


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