第2話
父は帰宅すると裏庭に通勤用のバイクを停めるのだが、その気配は台所にいる母にはすぐわかる。母は夕食の支度の手をとめ、私をつれて玄関に正座するのだ。
「お帰りなさいませ。」
と母は手をついて父を出迎え、父は無言で玄関からあがる。父の靴をそろえるのはもちろん母だ。仕事用のスーツから自宅用の着物に着替えるのも母に手伝わせる父のことを、当時、小学校五年生だった私は、仕事しかできない人だと軽蔑するようになっていた。ただ、母が悲しむだろうと思ったので、決してそのことを口には出さなかった。
両親と私の三人の夕食の時間は本当に静かだった。私達は食事中にテレビを見なかった。家にテレビはあったのだが、父がテレビを嫌うので、母は父がいる時はテレビをつけなかったのだ。ほとんど会話らしい会話もなく食事が終わるのだが、時折、父が学校の勉強はわかっているのか、返してもらったテストをみせるように言うことがあった。
それほど、悪い点数をとった覚えはなかったが、ケアレスミスがあると、父は眉をひそめた。そして必ず言った。
「普段、習っていることをテストに出しているのだから、満点でも当たり前だ。お前のお母さんはとても賢い人だ。その人に育ててもらっているのだから、このようなことではいけない。」
「はい。」
と返事をしながら、妙な気持ちになったものだ。私にお説教をしながら、母のことを褒めていたのだから。そっと母の顔を見ると、はにかみながらも嬉しそうだった。
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