第16話 騎士の城

 人生とはなかなかに不思議なものである。

 異世界に転移したときも驚いたが、この『中世』の世界もなかなかのものだ。

 古びた床。茶色く変色した壁。城、といえば聞こえが良いが、崩れてしまった壁が痛々しい。

 そして部屋の奥のベッドには横になっている老人。

 先程の『鎧の騎士』の中身である。

 突然転び、なにやら泡を吹いていたこの老人を私はここに運んだ。

「仔細を聞きたくもある。騎士であればそれなりの城も持ってよう。運んでたもれ」

 ベアトリクス女伯の申し出に、ヴィンツェン仔細は『慈悲深き女伯よ』などと十字を切る。先程まで腰を抜かしていたくせに、役に立たない御仁だ。

 結局私が抱える羽目となる。

 鎧の奥から聞こえてくる声を頼りに、我々は老人の『城』にたどり着いたのだ。

「これは......なかなか......」

 さすがのヴィンツェン司祭も驚きの声を上げる。ベアトリクス女伯やフィリーネすら開いた口が塞がらないようだった。

 どこが入り口なのか一向にわからない穴だらけの壁。地面の上には瓦礫が散らばる。人の気はまったくない。

「ここが我が城じゃ。遠慮なく入るが良い」

 むしろ遠慮したいところだが。まあ、乗りかかった船なのでしょうがなく中に入る。

「足元にはお気をつけください......」

 ベアトリクス女伯の手を取り、フィリーネがそう危険を促す。あちらこちらに瓦礫やら、地面を割って生えてきた草などが好き放題に散らかっていた。

 老人の『寝室』に我らはたどり着く。天井にも穴が開いているが、かろうじて暮らせそうな部屋であった。

 鎧を外し、老人をベッドに横たわらせる。驚くほど軽い。

「申し訳ない。どうやら、ころんだ拍子に発作が起きたようだ......」

 なんともしまらない話である。

「卿は騎士なのか?盗賊の真似事をしていたようだが」

 私の言葉に跳ねるように飛び起きる老人。その顔は怒りに満ちていた。

「何を!この私、騎士ジークフリード=フォン=ゲッテンを盗賊と申すか!失礼者」

 白い顎のヒゲが逆立つほどの大声である。まあ、元気なようで何よりだが。

「先程、我々を襲おうとしていたのではなかったか?」

「あれは『フェーデ』である!」

 右拳を突き出してそう老人、ゲッテン騎士は唸る。

「『フェーデ』......?」

 私は思わず首をひねる。

「なんだ、お前も騎士なのに知らんのか」

「『フェーデ』と言うのはですな......」

 老人に答えるようにヴィンツェン司祭が口を出す。

「『決闘』です。騎士同士の。そうであればこれは高貴な戦いであり、帝国の法のさばきを受けません。その勝敗の結果、敗者の金を奪おうが、負けたものを人質にして身代金を要求しようがそれは問題なく......」

「なんだそりゃ」

 思わず言葉が口から飛び出す。

 この世界の『常識』なのか、それは。因縁をつけてカツアゲ、くらいの強引な犯罪だ。

「まあ、そういう点でいうとこの方は『強盗騎士』というわけですな」

 私は老人をじっと見つめる。腕を組んで目を閉じている老人。

 この世界もなかなか複雑であることを噛み締めながら――

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