第二章 教皇領への旅

第9話 中世の旅の始まり

 石畳。かなり古いものだが、しっかりとしている。これはかつてこの大陸を支配した古代の帝国による道路らしい。『すべての道はラウムにつづく』という格言もあるらしい。かつては荷馬車が行き交う交易路だったのだろうが、今は違う。時は『中世』、人の姿はなく私達だけがこの路を行く。

 先頭を行くのはロバに乗ったヴィンツェン司祭。その後を小柄な馬に乗った私とその後ろにフィリーネがちょこんと乗っていた。

(......前の異世界よりも、展開が急かもしれないな......)

 あの夜、ヴィンツェン司祭は私に驚くべきことを持ちかけた。

『一緒に帝国首都ラウムに行きましょう。そこであなたの能力を用いて、この世界の支配者になりましょう』

 日本にいた事、なにかそういうゲームのセリフを聞いたことがある。選択次第ではバッドエンドになりそうな気がしてならない。だいたい、こんな辺地の一司祭の考えることとは到底思えなかった。

『だいそれた事を、とお思いでしょうな』

 思わないのがおかしい。しかし、そのあとの話を聞いてみるに、決してそれは夢物語でもないように感じられたのだ。

 ヴィンツェン司祭はもともとラウムのすぐそばにある、都市フィレンナの出身らしい。貴族、といってもそんなに高位ではないが、その三男として生まれ、早くから修道院に入ったそうだ。

 この時代、貴族の子弟と言っても三男くらいになると分家も持てず、聖職者になるというのが一般的らしい。

 そこでヴィンツェン司祭は、ある書物に触れることとなる。

 東方の異教徒が著した本をラテナ語ーーこの世界では知識階級のみが使える言葉らしいがーーに翻訳されていた書物。そこには、スコラ哲学で絶対とされていた常識をさらにうわまわる合理的な知識が記されていたらしい。ヴィンツェン司祭はその時、神学をうわまわる真理の存在を感じたらしい。

『科学』、とでも言うのだろうか。

 そして、私の『術式』を目の当たりにして、それを確信したと。

「司祭は聖職者であろう。信仰を捨てることになるのでは」

「私が信仰するのは、真理です。あなたがそれを示すのであれば、現状の信仰など語るに値しない」

 なかなかに、はっきりとした考え方であった。

「あなたをぜひ、この世界の中心に連れていきたい。そこで、あなたの『力』を示すことで、この世界を変えようではありませんか」

 まあ、簡単に言うと出世を目指すということか。私の力を利用して。

 とっぷりと夜がふける。

 テントなどという洒落たものはなく、街道沿いの森の入口で長い外套をきこみ横になる。

 隣には寝息を立てるフィリーネの姿。

『この話を聞いた以上、フィリーネにも一緒に来てもらしかないな』

 ヴィンツェン司祭が細い目で私とフィリーネの方を睨む。

 巻き込んでしまったーー本人はそんなに嫌そうでもなかったが意外だが。

『冒険の旅』というにはあまりにロマンも、爽快さもないこの旅はまだ始まったばかりだったーー

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