19 歳の戦中日記

忌川遊

或る一夜の話




日本から遠く離れた島、通称「南岩島」。そこには、屋上に高々と旭日旗が掲げられている宿舎がある。

時間は1時、空には不気味な雨雲が浮かんでいる真夜中のこと。そんな夜更けにも関わらず、1部屋だけ灯りのついている部屋の中で若者が手帳に日記のようなものを書いている。

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2040年10月11日

2030年代になると若者、特に10代の政治離れはますますひどくなった。私の周りには、その時の総理大臣すら分からない、という人もいた。だが、私もさすがに総理くらいは知ってはいたが、政治には本当に興味がなかった。そんな昔の自分の意識の低さに対して、私はとても後悔している。

私は今、唐突に2年前、高校3年生、17歳の夏のことを思い出している。


なぜ今日こんなことを書こうと思ったのか。今日しか書ける日がない気がしたからだ。


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2038年、夏


「両国の激しい攻防は続いています。日本も同盟国の立場から経済的援助を続けていますが、政府の中では…」 ブチッ

オレはテレビを切った。地上波の朝はニュースしかやっていないからだ。そんなに政治の話に需要があるのか?

なんか偉い人が殺されて、で、それでその復讐で戦争になりかけている…らしい。どことどこが戦ってるか、あと両国のトップくらいは知ってる。まあそんなものだろう。

暇だ。することがない。またテレビをつけて、今度はCS で映画を探す。テレビはおもしろい。こんなおもしろいものが10年前は絶滅しかけていたとは信じられない。

退屈だし刺激があるヤツを見たいと思っていた。そう思っていたら、偶然にもそれっぽいヤツを見つけた。

「自分達が通う高校で己の自由を勝ち取るため、ひたすら闘う高校生達の姿を描く三部作!第一章「若者の狂拳」編 二〇三五年公開」

最近の話のようだが全く聞いたことがない。いかにもB級映画な感じだ。タイトルも…ダサイ。まあでも、なんか楽しそうだし見てみるか。


オレはボタンを押した。


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時は1999年、関東北部某所、創立100年の伝統校にて、

学校の変革を目指す「生徒會」の本部室の中



「なあ総一、本当にやるのかよ?暴力はまずくないか?」

「やるんだよ。アイツら、何を言っても聞く耳を持たねぇんだ。このやり方でいくんだよ」

総一の目に、何か大きな決意の様なものを感じた賢人は、それ以上反対をしなかった。

「分かったよ。…で、どうすんだよ?」

「少しずつじわじわと追い込むんだよ。とりあえず車のタイヤでも潰そうぜ」

その答えに賢人は少し驚いた。

「それだけでいいのか?どうせなら、もっと大きく出たほうが…」

「少しずつでいいんだよ。これでアイツらが何も変えねえなら、もっとデカく出てやるさ。とりあえず車だ。メンバーに伝えとけ」

「ああ、分かったよ」

 2人は部屋を出た。



車潰し、職員玄関荒らし等々、1週間で2人の率いる「生徒會」は学校、特に教師陣に対して、あらゆる攻撃をした。

そして、さらに1週間後、2人率いる「生徒會」は職員室に向かって歩いていた。すると、彼らの前に学校長と大勢の教師が現れた。


「どうしたんですか?木田総一君。こんなにたくさんの人を集めて。」

「話があるんですよ、校長先生。」

校長は彼らを嘲笑うかのようにニヤニヤしている。その態度に総一は腹が立った。

「分かってんだろ!校則を変えろって言ってんだよ!行事縮小?厳粛化?校則追加?ふざけんじゃねえよ!他所から来といてなんでも勝手に変えやがってよ!」

「私は私のしていることを間違っているとは思っていません。私はこの学校を然るべき方向に導いています。前居た埼玉県の高校でもその学校をより良い方向へと導きました。彼らも私を信用していました。あなた達もいづれ分かるでしょう。周りに合わせることも大切であることに」

「そうゆうあんたら大人の考えが腹立つんだよ!どうせ、ソイツらはただの腰抜け野郎どろうが。ここは俺たちの高校だ、俺たちに決めさせろよ!」

そう言って校長に掴みかかろうとする総一を賢人は慌てて止めた。

「全く、この学校の生徒は実に野蛮です。前任校の彼らを見習ってほしい。」

「俺たちだって、最初から暴力に頼っていたわけじゃねぇ!」

「あなた達はただ「校則を変えろ、自由にしろ、」と叫んでいるだけです。聞く気が起きません。それでもって暴力的手段に出るとは、言語道断ですね。」

「チッ、うるせえよ…おい賢人、もう帰るぞ」

足早に立ち去る総一に賢人は驚いた。

「なあ総一、諦めるのかよ」

そう言うと、総一はニヤニヤしながら答えた。

「なあ賢人、思いつたんだよ。アイツらを追い込む作戦」

総一は賢人に耳打ちをした。それを聞いて、賢人は鳥肌が立った。身震いがした。

「なあ…本当にそこまでやるのかよ」

「あぁ、やってやろうぜ」

あまりにも衝撃的な作戦だった。賢人は他にやり方がないかを考えた。だが、そこまでしないと何も変わらない気もした。

賢人はただ一言「皆に伝えとくよ」とだけ答えた。賢人はとにかく総一についていくことにした。



2日後、教師達の居なくなった深夜の職員室、ドアを壊してなかに侵入した「生徒會」メンバー達。その手にはなんと………灯油が握られていた。



「しっかり撒けよ」

総一が言う。やっぱり本当にこんなことをしていいのか?賢人は思っていた。でも総一がやると言ったんだ。総一なら何かを変えることが出来る。賢人と、そして皆がそう思っていた。

灯油を撒き終わり、彼らはいよいよマッチで火を放った…


燃え盛る炎を見ると、急に彼らは動揺し、焦り始めた。そして、



ドン、バタッ、



1人が灯油を倒した。皆がそのことに気付いたのは少し遅かった。

「おい…」

既に遅かった。彼らの足元に火がついた…




「なあ賢人、今回のことで分かったよ。暴力的な手段は…ダメなんだ」

「…そうか」

「暴力は無駄な犠牲を生むだけだ。俺は自分で自分の味方を傷つけた。そうだろ、賢人」

「確かにそうかもな」

2人の間で沈黙が続いた。

「なあ賢人、もう止めるよ」

「止めるって、学校変えるの止めるのかよ。お前についてきたアイツらに何て言うんだ。急にそんなこと言うの無責任だと思わねえのかよ!」

賢人は思わず声を荒げてしまった。そんな賢人に総一は言った。

「そうじゃない、暴力的なやり方を止めるんだ。つもりは…政治みたいなものだ。言葉で戦んだよ。」

「言葉とか政治って、そんなの今より俺たちの力が弱くなるだけじゃないのか?」

「政治とは流血を伴わぬ戦争である、こういう言葉がある。」

賢人はハッとした。

「これから俺はこのやり方でもっと厳しく戦うつもりだ。だから賢人、皆と頑張ろうぜ」

 賢人は頷いた。


次の日、2人は「生徒會」に呼び掛けた。

勇ましい掛け声が響き、皆の目は今までにない力に溢れていた。



―その頃職員室


「大変です、教頭!」

「どうしました?三崎先生」

「…校長が…逃げ出しました。」

「は?」

「校長机の上に、さようなら、って紙が…」

「……は?」

教頭は呆れた。あまりにも呆れた。空いた口が全く塞がらない。

「この前の放火で恐くなって逃げ出したのでは?」

「そうに決まっています。私達の前でも散々威張っといて…、全く情けない人だ。」

「でも、トップが居ないというのは、まずいですよね」

教頭は頷いた。教師陣には大きな危機が迫っていた。         

                                     続く



「次回予告、暴力を封印して戦うことを選んだ「生徒會」、一方、校長が居なくなり、揺れ動く教師陣…両者はさらに激しくぶつかり合う!第二章「仁なき争い」編、乞う御期待!」


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「なんだよそれ」

オレはがっかりしていた。

力のぶつかり合いの様な、バイオレンスな展開を期待していたオレにとって、「暴力を封印して戦う」というのは、望んでいたものではなかった。そもそもあんまり面白くなかったし、続きも気にならなかった。別に校長が居なくてもどうにかなるだろ、「仁なき争い」ってタイトルもよく分からんし、

…オレはもう続きは見ないことにした。

それでも、オレは非暴力、言葉での戦い、政治について考えてみようとした、が、すぐに面倒臭くなり、結局寝てしまった。


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 確かこのような1日だった。あの日見た映画は当時そこまで面白いとは思っていなかったが、なぜか心に残っていた。

 あの日から、さらに半年が経った日のことだ。


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 郵便受けに入っていた紙には「近々、あなたは日本軍に参加し、戦争に参加する可能性があるので準備をしておくように」といった旨が書かれていた。「この俺が?ありえないだろ。」最初はなにかの冗談だと思った、冗談だと信じたかった。

しかし、その後ネットを見て初めて知った。憲法が改正され、日本も武力を行使出来るようになったこと。そして今、日本は戦争に直接参加し、成人男性の徴兵が行われていること。


高校卒業後、燃え尽き症候群になり、友人との縁も切れ、何もせず、死んだように毎日を過ごしていた俺は、世の中のことを全く知らなかった。徴兵のことも知らなかった。

俺は急に恐ろしくなった。それでもこの事態を信じることは出来なかった。

「オレはきっと違う。」

そう思っていた。

その日から、またしばらく経った。


そして18歳の誕生日から1週間後、俺宛に「戦争参加命令状」が届いた。


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なぜ私はあのとき非暴力、政治、話し合いの大切さについてもっと考えることが出来なかったのだろうか?あんな映画でも私はそのことについて考えるきっかけを得ていた。なのになぜ、途中で止めてしまったのだろうか。あのとき、しっかり考えることをしていれば、今、こんなにも後悔していなかっただろう。それにもしかしたら、もしかしたら!こんな状況を変えることも出来た…かもしれない。

でも、もう遅い。


私が今いる南岩島は日本軍の拠点の1つである。私はここを敵の襲撃から守るために、派遣された。 


恐らく、生きて帰ることは難しい。

私は今、とてつもなく怖い。いつくるのか分からない敵軍が怖い。死ぬのが怖い。

逃げ出したい。家に帰りたい。こんなところで死にたくない。本当に後悔してもしきれない。

もしも次、生まれ変わることが出来たら、私は心から暴力反対、平和を願って、生きていきたい。

 そして、もしこの手帳を読んだ人々がいたなら、私はその人達に是非とも、非暴力、政治について考えてほしい。無関心はダメだ。

本当にそう心から思っている。  


絶対に、3度目を繰り返さないでほしい。

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男の走り書きはそこで止まった。彼の手帳は涙で濡れている。全てことを書き切っても、彼は涙を止めることが出来ない。外ではいつの間にか激しい雨が降り、雷が鳴っていた。

雷が苦手な彼にとっては、尚更悪夢のような夜だった。



翌朝、南岩島周辺には連合国の大軍の姿があった。彼は驚愕した。昨晩など比べ物にもならない、余りにも恐ろしい光景だった。

それに対して日本軍の出した命令は「命を省みず、最後まで抗戦せよ」

彼は彼なりの覚悟を決めて懸命に戦った。


 男は波打ち際で敵に撃たれて死んだ。


 彼の後悔と必死の主張が書かれた手帳は波に運ばれ、そして誰の目にも留まることも無く、静かに海の底に沈んでいった。


































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