共同戦線(4)

「ダメだ!」


 レイジは声を荒らげる。


「今回の侵攻について、俺はもしかしたらと思ってバスティエ領に警戒を要請していた。それに、ステラが鍛え直したことで防衛戦力はじゅうぶんにある。堅実に戦い続けても、国境を守り抜けるだけの猶予はあるはずだ」

「そうなのね。だけど、時間をかければかけるほどバスティエ騎士団の犠牲が増えていくこともまた事実。それに、万が一国境が破られてしまったら、私たちの被害がいくら少なくても関係ないのよ」


 おそらく、一度国境を破られてしまえば、そこから帝都まで敵軍を押しとどめる手段は存在しない。バスティエ領や周辺の領地もめちゃくちゃにされてしまうだろう。

 そうなってしまっては、帝国といえどひとたまりもない。国境で抑えているうちに追い払ってしまわなければ。


「それはそうだが、それはステラを前線に出すほどでは……」

「いいえ、単に部隊長クラスの騎士がひとり増えるだけでも、とれる作戦は増えるはずよ。一刻も早くこの戦線を切り抜けるには、持っている戦力はすべて注ぎ込まなければ。これは、ディゼルド騎士団を運営するディゼルド家の令嬢としてのお願いよ。同盟国として、この戦況をいち早く切り抜けるために貴国の最大戦力を提供してちょうだい」

「ぐ……」


 レイジが言葉を詰まらせる。

 レイジも本心では私の戦力があった方がいいと思っているんだろう。だけど、最後の最後まで私を守ろうとしてくれている。

 ……その事実だけで、私はじゅうぶんに報われているのに。


「そう言われると、拒否することはできない……だが、俺がステラを危険な目に遭わせたくないという想いに変わりはない」


 額に片手を当ててうつむくレイジ。

 私はもう一方の手をそっと握ると。


「いつもありがとう、レイジ。あなたが私の身を案じてくれていることは、今ならよくわかるわ。最初はなんだこいつと思っていたけどね」

「……なんだこいつとは失礼だな」

「あら、無理矢理帝国に連れてこられて、いきなり婚約宣誓書を渡されたら誰だってそう思うわよ」

「それもそうか」


 レイジの口元に笑みが浮かぶけれど、目元は変わらず垂れ下がっている。


「それでも、レイジが支えてくれたからここまでやってこれた。……だけどね、私はただ守られていることをよしとしないわ。本当に必要な時には前に立って騎士たちを、国民を導く。そういう人物でありたい。私もあなたを守りたいと思っていることを忘れないでちょうだい」

「……ああ、そうだな。それでこそ、俺がどんな手を使ってでも手に入れたいと思っていた人だ」


 レイジの声が震え、私ははっとしてレイジの瞳を見つめる。そこには、うっすらとした雫が宿っていて。


「ステラ。頼む、俺と一緒に前線で戦ってくれ。一刻も早くルナリア王国の戦線を崩してバスティエ領へ向かおう」

「……決断してくれてありがとう。それでこそ、私の伴侶にふさわしい男だわ」


 私は、レイジの頬を伝った涙に唇をつける。

 レイジはただ呆然とそれを受け止めて。


「……まさか、ステラからしてくれるなんてな」

「それくらいには、私もレイジを認めているということよ。もちろん、死ぬつもりはないから安心してちょうだい」


 レイジは頬に手を当てて、それをぎゅっと握りしめる。


「こういうことは俺からするべきだと思うんだが?」

「残念だったわね。それはすべてが終わってからにしましょう」

「ああ、そうだな」


 私とレイジは軽く拳を合わせる。


「そ、それじゃ、私は準備してくるわ」

「ああ、待ってる」


 レイジに見送られ、私はバタバタとその場をあとにする。

 その間、私の頬は髪色と同じくらい赤く染まっていたんじゃないだろうか。



 レイジと別行動をとった私が向かったのは、私の代わりに後方支援部隊をまとめていたクラリスのところだった。


「クラリス、騎士服を持ってきてちょうだい。私は前線へ出ることにしたわ」

「お嬢様!? それは……」


 クラリスは何事か言おうと口を開いて、だけどそこから音が発せられることなく再び口をつぐんだ。

 ややあって、クラリスは改めて口を開く。


「承知いたしました。お嬢様に対してこのような発言、失礼かと思いますが……我が家門の尊厳を守るため、お力をお貸しください」


 クラリスにとっても、今の状況はもどかしいものがあるはずだ。それでも、動かなければならないことを理解している。


「クラリス、あなたにも力を貸してもらうわよ」

「ええ、どこまでもお供します、お嬢様」


 クラリスは笑顔を浮かべてうなずいた。その瞳にうっすらと浮かんでいた涙を、なんとしても守らなければ。

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