私の望んだ幸せ(6)

 ともあれ、私とレイジの婚約披露にかこつけた両国の友好イベントは幕を開けた。


 ちょっとした農業や工業の技術交流といったものはあれど、目玉はなんといってもディゼルド騎士団と帝都騎士団による武闘大会だろう。

 決められた範囲の中で、刃をつぶした剣を打ち合う。打撃や怪我によって満足に戦闘が継続できない状態になる、剣を落とす、降参するなどで決着をつけ、勝利した者はさらに別の者と戦うというもの。

 最前線で鍛え抜かれていただけあって両騎士団の騎士は剣の腕が冴えわたっており、最初はおもしろいのかと疑問に思っていた観客たちもあっという間にその剣技のとりこになっていった。

 初日の夕方には歓声が聞こえ始め、二日目は朝から歓声が鳴りやまなかった。


「楽しそうねえ……」


 私やレイジが周囲から見えるように、私やレイジが大会の様子を見られるように、舞台が設置されている。私はドレスを身にまとい、飲み物を片手にその様子を眺めながらぼやく。


「そんなに参加したそうな目をするんじゃない」

「だって、気になるじゃない。今の私が彼らとどこまで戦えるのか」


 敗戦と帝国での生活のため、前線を退いてからは一年が経過している。嗜み程度に剣は振っていたし、バスティエ領に出向いた時期にはクラリスとも打ち合っていたけれど、前線で嫌でも己を追い込んでいた頃に比べれば技量も筋肉も落ちているはず。

 そんな自分が、男性騎士たちを相手にどこまでやれるのか。気になってうずうずしてしまう。


「ダメだ。そのドレスは見た目重視でいつもの戦闘用加工もされていない。飛び入りなんてしたら俺が止めるからな」


 レイジはそんな私を強くたしなめる。確かに、今日のドレスは装飾がちりばめられており、簡単には脱げないつくりになっていた。私自身の戦闘力が落ちるぶん、クラリスをはじめ何人かの護衛騎士が私たちの周囲を固めている。


「でもこう、ただ戦っているのを見て拍手するだけというのもねえ。観客も剣だけ見てもどれが誰だかわからないし……そうだ!」


 私はレイジに思い付きを話してみる。最初は渋っていたレイジも、それは面白そうだと言ってくれた。



 さらに翌日の準決勝。ここまで驚異的なバランスでディゼルド騎士団と帝都騎士団の人数は互角に保たれており、残る騎士は二名ずつとなった。


「ではここで、両騎士の紹介をさせていただこう!」


 両騎士の入場前に、私は立ち上がると観客に向けて声を張り上げる。


「ディゼルド騎士団からは騎士隊長のルーカス・マクミリアン! 彼は私が総指揮官をしていた頃から熱心に鍛錬を重ねており、その努力に裏打ちされた実力で誰の反対もなく騎士隊長の座を手に入れました。どんな苦境でも粘りに粘って勝機を見出してくれることでしょう!」

「帝都騎士団からはギャスパーが出るな。奴は剣術の名門で幼少期を過ごし、特殊な剣術を身に着けている。粘ることすらさせずに勝つことだろう」


 私とレイジはバチバチと火花が飛ぶほどににらみ合い、そして再び会場へと向き直った。


「さあ、どちらが勝利することになるのか。選手入場です!」


 私の掛け声とともに、紹介されたふたりの騎士が姿を見せる。

 すると、観客たちはめいめいに選手たちに声をかけ始めた。名前で呼ばれると嬉しいものがあるのか、騎士たちは互いに手を振ってそれに応えている。


 ここがディゼルド領であり、観客のほとんどがディゼルド領民である以上はルーカスに声援が集中するのかと思ったけれど、ギャスパーへの声援も多い。ある程度平等に見てくれているということだろうか。


「では両者の健闘を祈ります。試合……開始!」


 私の掛け声と同時に、ふたりが踏み込んで剣を切り結ぶ。それまでは立会人が観客を気にせず進行していたけれど、イベントとして行うならこの方が盛り上がるはず。

 試合は一進一退の攻防に進み、打ち合いの繰り返しでは体力的に不利だと判断したギャスパーが剣術の大技を披露。それが見事にルーカスの守りを破り、ギャスパーの勝利となった。

 地元の騎士が負けたものの、観客は両者に惜しみない拍手を送っている。先ほどまで戦っていたふたりも、ギャスパーがルーカスを引き起こして握手をするなど謙虚にふるまっており、好感を得られたように見える。



 これはきっと、私が口を挟まなければここまでの盛り上がりにはならなかっただろう。

 私やレイジは技や人物の解説しかできないけれど、解説の前段階……なにが起きているかをわかりやすく観客に伝えてくれる人がいれば、観戦はもっと盛り上がるんじゃないだろうか。

 これはポーラニア帝国でも盛り上がりそうだ。この大会が終わったらレイジに詳細を相談してみよう。


 そう考えた、直後のことだった。



「国王陛下! 陛下はおられますか!?」


 歓声をかき消すほどの大声が、会場に響いた。

 誰もがそちらに目を向ける。そこには、人馬共に汗だくの騎士の姿があった。


「ここだ。何事か」


 見知った人物だったのか、陛下は手を挙げて騎士を促す。


「馬上にて失礼いたします! グライン侯爵より緊急の手紙でございます!」


 騎士は陛下の前で馬を降り、手紙を手渡す。

 グライン侯爵家といえば、ディゼルド家に並ぶ辺境の家門で、今もルナリア王国との国境を守っているはずだ。

 そこからの緊急の手紙ということは……。


「レイジ皇太子殿下、ステラリア嬢。緊急事態が発生した」


 陛下は私たちの下に近寄ると、小声でその手紙を指し示す。私はその手紙に目を通し、そして……。



「ルナリア王国が宣戦布告を発布。即日国境に侵攻軍が押し寄せてきた……!?」



 想像もしていなかった自体に、なにか巨大な陰謀が動いたのだと身震いせずにはいられなかった。

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