帰郷(4)
帝国を出発する朝。私はレイジと共に馬車の前に立っていた。
私たちを見送るのは、この国の皇帝であるアーサー陛下。そういえば、陛下と直接顔を合わせるのは私が最初に帝国へ渡ったとき以来か。
「街道の整備ができたとはいえ、危険な道のりであることに変わりはない。くれぐれも気を付けて行くんだぞ」
「ええ、決して無理はいたしません。陛下」
さすがのレイジも陛下には敬語を使うようで、いつも感じられる威圧感以上に皇族としての威厳を感じられる。
「それから、ステラリア嬢」
「はい」
「当初、お前を帝国に連れてくるといったレイジに私は反対していた。もっとも帝国に強い恨みを持っており、内に入れることで帝国を崩壊に導くのではないかと」
陛下の懸念は当然だった。帝国に勝つために執着していたのは間違いないし、単に「帝国のために働け」と言われていたら、きっと私は反抗しただろう。
「そうしなかったのは、きっとレイジがうまく私を焚きつけたからだと思っています。私に復讐したい気持ちがなかったといえば嘘になりますが、レイジの与えてくれた役割に没頭しているうちに、その気持ちは薄れていったように思います」
「そうか。さすがは我が息子だな」
「これも父の教えあってのことです」
丁寧な言葉で返すが、レイジの顔は心なしかほころんでいるように見える。
「ステラリア嬢。まだ帝国民のすべてがお前を受け入れたわけではないだろう。だが、これまでの功績は帝国民にも伝わっている。当初のように無条件で反発されることはほとんどないはずだ。今後もレイジのことをよろしく頼む」
「承知いたしました。レイジ殿下は私が守ります」
「馬鹿を言うな。俺がステラを守るんだ」
むっとしながらレイジが私の手を取る。私は違和感なくそれに応じた。
「うむ。では、行ってきなさい」
「はい、行ってまいります」
陛下の見送りに揃って応え、私たちは皇宮をあとにした。
「そういえば、ふたりで馬車に乗るのはこれがはじめてかしら?」
馬車が出てすぐ、私はレイジに問いかける。
「そうだな。もともとお前が外に出る機会は少なかったが、帝国議会に出たときは別々に移動したし、バスティエ領にはステラひとりで向かっていたからな」
「令嬢とのお茶会も皇太子宮に呼び出すばかりだったし……どうして私を外に出してくれなかったのよ?」
たしかに帝国民からの敵対心はあるだろう。だけど、皇太子宮から出さない実質軟禁生活というのは少しやりすぎなように思っていた。
「……知りたいか?」
「ええ。なにか言いたくないことでも?」
「ああ、言いたくない」
レイジは私と視線を合わせようとせず、言葉少なに答える。
そう言われると気になってしまうのが人の性というもので。
「怒らないから言いなさいな」
「……本当に怒らないか?」
さっきまでの威厳はどこへやら、上目遣いにレイジが問う。
最近、レイジがこんな表情をよく見せるようになった。私がその表情に弱いことを知ってからは、ことあるごとに見せてきている。そのたびに反応してしまう自分が情けない。
「怒らないから。言ってみなさい」
私が余裕を示して言うと、レイジはにやりと笑って。
「外出中は皇太子宮内と比べて守りにくい。お前が帝国民から理解を得られるようになるまで、危険な目に遭わせたくなかった」
「なっ……」
レイジの考えは理解できる。だけど、だからといって私を外に出さないことを第一にするというのはかなり思い切った考えにも思える。
「それはなんというか……やりすぎじゃない? 私なら自衛もできるってわかっているでしょう?」
「それはそうなんだが……少しでも危険性を下げられるならそうしたかったんだ」
私はしばし言葉を失った。
レイジの言葉に嘘はない。
レイジが最初から仲のいい人物だったら、軽蔑して逃げていたかもしれない。本当は厳しく怒るべきなんだけど、そこまでしようと思えないのは、きっとそれを悪く思っていないからだ。
「はあ……今後はもっと外出させてもらうからね」
「本当はそれも嫌なんだが……仕方ないな。ちゃんと護衛を連れて行けよ」
ため息をつきながら妥協したレイジの厚意に、私はうなずきを返す。
「さあ、市街地に出るぞ」
馬車は皇宮の敷地を抜け、帝都でもっとも人通りの多い市街地に躍り出た。
そこで私たちを待っていたのは――
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