帰郷(3)

 イクリプス王国への出発前日。出発の準備はすでに済んでおり、後はゆっくり当日を待つばかり……と、思っていたのだけど。

「ステラリア様、体調がよくなったようでなによりです」

「お手紙が途絶えたときは何事かと思いましたけれど、レイジ殿下からのお手紙で納得しましたわ。辺境まで遠征して用事をこなしながらお手紙までいただいて、あれでは倒れて当然ですわ」

「いくら体力があるといっても、無理は禁物ですよ、ステラリア。領地でゆっくりなさってください」

 なぜか私は皇太子宮の庭園にいて、三人の令嬢とテーブルを囲んでいた。

 リシャール公爵家のラドニス令嬢。レヴァンタル公爵家のアリアンヌ令嬢。そして、ノーステッド侯爵家のサブリナ。

 私と激しくぶつかりあったふたりと、クラリスに次いで仲良くしてもらっているサブリナが、どうして私の目の前にいるんだろう。

「レイジ殿下から、ステラリア様が帝国を発つ前にお会いする機会をいただきましたの。ぜひ私たちの話を聞いていただきたくて」

 ラドニス嬢は扇子をぱちんと弾く。初対面では苛烈な印象があったその表情は、今は熱が引いたかのように穏やかなものとなっている。

「私としても、久しぶりにお会いできてうれしいです。ぜひお聞かせください」

 手紙のやりとりを通じて、ふたりが当初ほど私を敵視していないとは感じている。今から立場を変われという話ではない……と思いたい。

「実は最近、アリアンヌ様と協力してたびたび社交パーティーを開いていますの」

「いいですね。帰ってきたら私も」

「いいえ。このパーティーにステラリア様は参加できません」

 ぴしり、と扇子の音が庭園に響く。一瞬の緊張が走ったのち。

「なぜなら、このパーティーに参加できるのは婚約者のいない貴族子女だけですから」

「……なんと?」

 変わった条件だと思い、私はその意図に思考を巡らせる。といっても、何度考えても答えはひとつしか出てこないのだけど。

「ラドニス様、まさか……」

「ええ。これは婚約者を見つけるための、いわば婚活パーティーですの」

「婚活……しかし、おふたりはレイジ殿下の婚約者の座を求めていたのでは?」

 私の問いに、ふたりはふっと笑みをこぼす。

「ここ一年近く、私たちはステラリア様とレイジ殿下を追い続けていました。それはもちろんあなたの弱点を見つけて婚約者失格の烙印を押すためでしたが……」

「対面でも、手紙でも、あなたは心から私のために知恵を巡らせ、我が家門の領地が発展することを願ってくれていました。それは、あなたが生き延びるために仕方なくやったことなのかもしれませんが……少なくとも、私ひとりでは、あるいは父の力を借りてもここまでの計画を立てることはできなかったでしょう」

 ラドニス嬢の後を引き継ぐように、アリアンヌ嬢が私の目を見据えて言葉を紡ぐ。

「そして、あなたが倒れた後にレイジ殿下から届いた手紙には、あなたのことをとても大切にしている旨が書かれていました。それで理解したのです。私ではあなたにかなわないと」

「私も同じく。それで、同じ考えを持った私とアリアンヌ様で婚約者を探そうと決心して、婚約者のいるサブリナ様の知恵をお借りして婚活パーティーに臨んだのです」

「お見合いもしたことがなくて何を話せばいいかわからないと泣きついてきたおふたりの姿に胸を打たれまして」

 サブリナ、公爵令嬢相手にもその姿勢を貫けるのは尊敬するわ……。

「最初はうまくいかなかったし、レイジ殿下への想いを捨てきれない令嬢も多くて女性の参加者が少なかったの。だけど少しずつ参加する令嬢も増えてきたし、婚約が決まった者も少しずつ出てきたわ。少し遅くなったけれど、これで帝国の未来が進むのではないかしら」

 ラドニス嬢はさっぱりしたといわんばかりにティーカップへと口を付ける。

「私が何も言わなくても、もう帝国はいい方向に進んでいけそうですね」

「何をおっしゃいます。これもすべてステラリア様のお力添えあってのこと。成長した私たちを、皇太子妃としてさらに強く引っ張ってくださいませんと」

 アリアンヌ嬢の力強い声を受けても、私は力なく首を横に振ることしかできない。

「私、レイジのことは気の合う友人のように感じているんです。剣の話も、領地運営の話も、打てば響く関係が心地よくて……だけど、皆様もレイジも私が皇太子妃になることを求めてくる。それが少し、私には重く感じられるのです」

 私が抱えていたことを、心のままに吐露してしまう。

 何を言われるかと身構えていると、三人はなぜか目を輝かせていて。

「……ステラリア様、はじめて私たちにあなた自身のことを話してくださいましたね」

「クラリス様にはかなわないと思っていますけれど、それでもあなたがひとりですべてを抱え込んでいるのを見ているのは忸怩たるものがありましたの」

「敵国に渡って、味方がクラリスしかいなかったからそうなるのは理解できますが」

「皆様……」

 私の手を取って、三人がほほ笑んでくれる。私は胸のうちにこみあげてくるものをぐっとこらえた。

「それで、先の話ですが……あと一年あるのですし、一年じっくり考えればいいのではなくて?」

「え? でも、これから婚約記念パーティーに出たら取り下げなんて……」

「そういうのはすべて殿下にかぶせればいいのです。情報操作はレヴァンタル公爵家の得意分野ですから」

「なんでしたら、我がリシャール家の養子に迎えてもよろしくてよ。リシャール公爵家を発展させて殿下にどうだといってやりましょう」

「あ、ラドニス様ずるいです。ステラリアはノーステッド侯爵家に来ていただきたいです。あ、うちの兄と結婚とかどうですか?」

 三人がこんなに仲良く笑い合うなんて、はじめて会った時には思いもしなかった。

 彼女たちがそういってくれるなら、そんなに深く思い悩むことではないのかもしれない。そう考えると気が楽になって、自然と笑みがこぼれた。



「ところでサブリナ様? いつになったらあなたのお兄様はパーティーに参加してくださいますの?」

「……殿下が休みを与えたら?」

 サブリナの回答に、その場にいた全員が「まだ先になりそうだな……」と嘆息したのはセルジュには内緒にしておこう。

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