マジック・リコイル ゼロの偽証

家々田 不二春

ゼロの偽証

プロローグ

 神と悪魔の戦争が終わってから百二十年が経とうとしていた。

 世界から魔力は消え失せ、天使や悪魔などという存在もまた、再び神話のものへと戻っていった。緋色に染まっていた海は紺碧の色を取り戻し、太陽はその姿を絢爛と誇示し、大地には多くの生物と人々が闊歩する。

 かつての戦争で勝利した連合王国は、戦後に民主国家へ転向。今で言う民主統一世界連合の前身だ。

 徹底的な対話主義に支えられた、国境のない地球には戦争も内紛も起きない————はずだった。


 長く平和の続いた世界は再び、分断の危機に立たされていた。


 聖歴一一六年の夏、旧国民議場が大戦の遺恨である不発弾を改造した即席爆発装置によって爆破された。後に六・一八事件と呼ばれるテロだ。

 形式的にのみ存在していた警察には、専門性もノウハウも存在せず、容疑者としてリストアップされた人数は三百人以上。

 二年の時を経て、二度目のテロが起きた。首都ファーキンボンにて、十三箇所で同時爆破テロが発生。十八時間という長い間、首都はその機能を停止。世界中が混乱に陥った。


「これは我々、民主統一世界連合への明らかな挑戦だ。然るべき罰を必ず受けさせる」

 当時の国民議会議長、ロールス・バルドーの言葉だ。


 その言葉に応えるような形で、ついに犯人たちは姿を現した。

 テロ組織“クリークゾフツ”、意味は戦争中毒。のちに大衆から分離主義と呼称される思想の祖とも言える組織である。

 規模、拠点、目的。その全てがわかっていない。あらゆる面で謎に包まれた組織に対抗するために政府会議はある対策を講じた。

 それが是であるか非であるか、残念ながらそれを論じることは国民にはできなかった。

 何故なら、その対策案は名前以外が明かされていないからだ。 



「魔力」

 物体の内と外を分ける心理的な境界を維持する力のこと。聖暦八六年、クリスタード・ノーラン教授によっておよそ八十年ぶりに再発見された。

 無生物、特に無機物の外向魔力は魔力基本方程式に則って「表面積×密度×魔力定数」ジュールで表され、外界から物体にかかる空間魔力は一般的に外向魔力に等しいとされ、つりあいを保っている。

 ただし、有意識生物にこれが適用されることは少ない。また、魔力が何らかの理由で結晶化した魔鉱石も、方程式から明らかに超過した魔力を発しており、未だに謎の多いエネルギーの一つである。このように特異なエネルギーであるにも関わらず、物質・精神指向性以外の性質に一般的な力学上のエネルギーとの差異は殆ど存在しない。


「マジック・リコイル」

 魔力への暴露によって引き起こされる影響、特に精神症状のこと。

 原因は明確になっていないが、精神に依存する魔力の可逆性によって引き起こされるとされている。この特性上、発見当初は夢のエネルギーとされていた魔力は、今では忌避され、厳重管理のもとで扱われるものとなっている。しかし、漏洩などの事故は発生していないにもかかわらず、世界中でこの反動に悩まされる人間は少なくない。

 症状には双極性障害や短期記憶障害などが挙げられ、その軽重によって六つの等級に分類されている。

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